北九州監禁殺人事件の松永太の現在と生い立ち!息子や両親の最新まとめ

北九州監禁殺人事件という犯罪の中でも最も最悪で残虐で許せない事件が起きました。主犯は松永太です。緒方純子をコントロールした松永太は緒方純子の両親や家族を監禁、虐待、殺害したというのが北九州監禁殺人事件です。松永太の生い立ちや現在に迫り、事件の全貌を紹介します。

北九州監禁殺人事件の松永太の現在と生い立ち!息子や両親の最新まとめのイメージ

目次

  1. 1北九州監禁殺人事件の全貌
  2. 2北九州監禁殺人事件の概要を解説
  3. 3北九州監禁殺人事件・松永太の生い立ち
  4. 4松永太はサイコパス
  5. 5北九州監禁殺人事件の犯行の手口
  6. 6北九州監禁殺人事件での公判・判決
  7. 7北九州監禁殺人事件・松永太の両親について
  8. 8北九州監禁殺人事件・松永太の二人の息子は?
  9. 9北九州監禁殺人事件は異常な精神症状の持ち主による残虐な事件

北九州監禁殺人事件の全貌

北九州監禁殺人事件という、過去に起こった犯罪の中でもトップクラスの残虐さをもった事件が起きたのを覚えていますか?この事件の主犯は松永太という男性です。そして、この事件に協力したのが、緒方純子という女性です。

この2人により、8人を監禁、虐待し、7人を死亡させたという事件ですが、ここで亡くなっている7人のうちの6人が犯人の1人である緒方純子の実の家族でした。

この事件の主犯である松永太は、まず緒方純子をマインドコントロールし、緒方純子の家族をマインドコントロールしました。また、この家族とは関係のない、父娘の2人も監禁して同じようにマインドコントロールをしたのです。

そして、監禁されていた8人の間で殺害をさせ、死体をバラバラに刻み煮込んで処理をするという一連の動作を全て松永太の手ではなく、監禁されていた人物にさせたのです。

この事件が発覚したのは、松永太の監禁から、1人の少女が逃げ出したことがきっかけです。その後の調査で連続殺人だということが分かったのです。緒方純子の家族を監禁し、家族に家族を殺させるというあまりに残虐なこの事件について詳しく説明します。

北九州監禁殺人事件の概要を解説

北九州監禁殺人事件の概要を詳しく順を追って説明します。この事件は、途中までは、テレビでも頻繁に取り上げられていて、事件が発覚したときは、毎日のように耳にするニュースの1つでもありました。

しかし、報道機関による自粛で事件が伝えられなくなったのです。これまであったどんな事件よりも、罪が重すぎる事件であると判断され、自粛となったと言われています。一体どんな事件だったのでしょう?

緒方純子の洗脳

北九州監禁殺人事件は、犯人の1人である緒方純子を洗脳するところから始まります。実は、緒方純子と松永太は同じ高校に通っていました。高校のときは、お互いにそんなに関わったことがなく、高校を卒業したときに急に松永太から緒方純子に電話がかかってきたのです。

その電話では、「高校時代に借りていたお金を返したい。」というものでした。松永太は緒方純子に会うと、くどきはじめます。緒方純子は非常に真面目で地味な性格をしていて男性経験も乏しかったため、最初は拒否していました。

しかし、次第に松永太に心惹かれ、松永太と交際するようになったのです。このときから松永太の緒方純子への洗脳が始まっていました。優しかった松永太は次第に本性を出し、暴言や暴力を繰り返します。それでも洗脳されていた緒方純子は逃げ出すことがありませんでした。

松永太には妻がいた!

緒方純子と交際をはじめた松永太ですが、実は妻がいたのです。そのため、緒方純子とは不倫関係でした。緒方純子の実家は、福岡県久留米市の農家でとても裕福でした。家を継ぐために緒方純子は婿養子を考えていたのです。

緒方純子にとって松永太との交際は、決められたレールに乗る前のひと時の恋愛だったのですが、どんどん深みにはまり、松永太から「妻と別れて婿養子になる。」と言われた言葉を信じたのです。緒方純子の両親は交際に反対していましたが、松永太の話術に騙され、両親も認める仲になったのです。

また、松永太は妻にも暴力を働いていました。妻との間には子供もいたのですが、妻が子供を連れて離婚を求め、松永太のDVが原因で離婚が成立しています。その後、妻は子供と暮らすようになりました。後に、当時の妻は、「松永は人を殺すと思った。」と証言しています。

ワールド設立・詐欺行為を行う

松永太は1985年にワールドという布団販売の会社を設立しています。しかし、会社の実績が上がらないのに生活が派手だったため、どんどんお金がなくなり、従業員にまで借金をさせていました。そして、この会社の従業員にも暴力を振るいます。

会社の実績が上がらないと、従業員を殴ったり通電させたりなどの行為を働きました。そして幼稚園の教論として働いていた緒方純子もワールドで働かせ、完全に自分の支配下に置いたのです。

また、松永太が作ったワールドという会社は詐欺会社でもありました。高額な布団を売っていたのですが、その売り方が、脅しだったり、暴力だったとも言われています。この頃既に、人を痛めつける行為を松永太はしていたのです。

結婚詐欺師を繰り返す松永太

ワールドという会社は、従業員が逃亡したり、経営難が原因となって倒産します。収入がなくなった松永太は結婚詐欺を思いつき、数々の結婚詐欺をしました。しかし、ワールドが倒産した頃、緒方純子は松永太の子供を出産します。

緒方純子の出産があったにも関わらず、松永太は結婚詐欺を繰り返して女性から多くのお金を巻き上げているのです。口がとても上手な松永太に、騙された女性が結婚詐欺の被害者となったのです。

そして結婚詐欺にあった女性には、子供がいたのですが、お金の工面ができなくなった頃に、子供と女性は不審死を遂げています。これにも松永太の関与が疑われましたが、現在も真相が分からないままになっています。

父・娘を監禁する

結婚詐欺をしていた松永太は、お金を集めるために、次のターゲットを虎谷久美雄という男性に絞ります。この男性が後に、緒方純子の家族とともに監禁され1番最初に殺された男性になります。

松永太は、ここでも口の上手さを使って虎谷久美雄に新会社の共同出資者になってと言いました。虎谷久美雄には10歳になる娘がいて、その娘も一緒に同居させるようになりました。この娘こそが、事件発覚のきっかけとなった、逃亡した少女なのです。

松永太は、父娘を騙し、虎谷久美雄の弱みにつけこんで、完全に自分の奴隷にしたのです。虎谷久美雄に通電の虐待や、食事抜きの虐待を繰り返します。そして、この虎谷久美雄を監視していた人物は緒方純子です。

虎谷久美雄が死亡・小学五年生の娘に死体を解体させる

松永太により虐待された虎谷久美雄は、虐待が原因で栄養失調になり、衰弱して死亡します。松永太は、虎谷久美雄が死亡するまえに、実の娘である少女に、虎谷久美雄の腕に歯型がつくほど噛むことを強要しました。

その後に虎谷久美雄が死亡したため、松永太は死亡原因を娘である少女のせいにしたのです。そして、虎谷久美雄の死体を緒方純子と娘である少女に処理させます。

死体の処理方法は、のこぎりなどで切り刻み、鍋で煮込んで捨てるというものでした。このとき実は、緒方純子は第二子となる息子を妊娠していました。虎谷久美雄は、自分が残虐な目にあっていても、最期まで緒方純子の赤ちゃんが元気に生まれることを祈っていたという素晴らしい人間性を持っていた人物です。

緒方純子の父親死亡・通電により殺される

松永太は、緒方純子の両親、妹家族も監禁し、虐待を続けました。そして、緒方純子の家族の中で1番最初のターゲットになったのが、緒方純子の父親です。緒方純子の父親は土地を売り松永太にお金を工面するつもりでしたが、それが出来なかったことが原因で松永太の怒りを買います。

そして、緒方純子の父親を通電することにより殺します。父親が死亡した際に、父親に通電をしたのは、緒方純子であるという一説もあります。そして、父親の死体もまた、刻んで煮込んで捨てたのです。

緒方純子の母親死亡・絞殺により殺される

緒方純子の父親死亡の後にターゲットになったのは、緒方純子の母親です。緒方純子の母親は、度重なる虐待と、父親が亡くなったことで精神が崩壊していました。そのため、よく奇声を上げるようになったのです。

緒方純子の母親の奇声をどうにかしろと松永太は、緒方純子らに問いかけます。そして、緒方純子らは、違う場所に母親を移すという決断をしましたが、松永太によりNGが出て、最終的に母親を殺すという判断に至ります。

緒方純子の母親は、緒方純子、緒方純子の妹、緒方純子の妹の旦那により絞殺されて死亡しました。また、緒方純子の母親は松永太から性の対象にもされており、元々は、娘との別れの説得の際に、松永太からホテルに連れ込まれてSEXをさせられていたのです。松永太は、緒方純子と、緒方純子の母親を同時に自身の性の対象にしていたのです。

緒方純子の妹死亡・絞殺により殺される

緒方純子の母親殺害から、すぐにターゲットにされたのは、緒方純子の妹です。緒方純子の妹は、一緒に監禁されていた実の子供と喧嘩をし、それがきっかけで松永太に目をつけられたのです。

松永太は、緒方純子らに、次は緒方純子の妹をどうするのかを話し合わせます。そして、緒方純子らは、最終的に妹を殺すという選択をし、妹の実の子供も殺害に加担させて、妹の夫による絞殺で死亡しました。

この殺害についても、松永太は、「殺せと言っていない。」とか、「これは緒方純子と、妹の旦那による判断だ。」としていて、自分に罪はないと思っているのです。

緒方純子の義理弟死亡・通電などによる衰弱死

次に亡くなったのは、緒方純子の義理弟です。緒方純子の妹の夫にあたる人物です。緒方純子の義理弟は、通電や食事を与えられなかったことによる衰弱死で死亡しています。

亡くなる前は、体の異常を緒方純子も松永太も認識していました。嘔吐を繰り返す緒方純子の義理弟を病院にも連れていかず、体調が悪いにも関わらず松永太はビールを渡したのです。

そしてビールを飲んでまもなくして、緒方純子の義理弟は衰弱して死亡しました。なんと第一発見者は、緒方純子の義理弟の実の子供だったのです。

緒方純子の姪・甥死亡・絞殺により殺される

両親が殺された緒方純子の妹の子供ら2人も、残虐な死を遂げます。まずは、緒方純子の甥が、「大人になるにつれ、このことを誰かに話すのでは?」という理由から、殺すことを計画されました。そして、「お母さんに会える」と嘘をつき、絞殺して死亡させます。

次に、緒方純子の姪を通電や食事を与えないことで衰弱させ、松永太が緒方純子の姪に死にたいと言い聞かせ、最後は緒方純子と虎谷久美雄の娘である少女により絞殺されて死亡しました。絞殺される際には、自らが死ぬことを理解しており、自ら首を絞めやすい体勢をとっていたのです。

少女の逃亡

1人目の殺害被害者である虎谷久美雄の娘である少女は、2002年1月に逃亡に成功したものの、松永太に居場所がバレ、連れ戻されました。しかし、2002年3月に再び逃亡し、祖父の家に逃げ込んだことから、松永太、緒方純子による虐待、殺人事件が発覚したのです。

逃亡前に、緒方純子から命じられて自分の足の爪をペンチで剥ぐという行為をさせられていた少女ですが、どうにか生きる希望を持ち続け、逃亡したのです。逃亡し、助けを求めた少女は足の爪がなかったと言われています。

少女が逃亡したときは、まだ17歳という若さでした。しかし、17歳でも世間を知る機会がほとんどなかったためか、とても幼さを感じると言われています。

松永太の逮捕・公判

症状が逃亡したことがきっかけとなり、松永太は逮捕されます。逮捕の際、両手に手錠をつけた松永太は、報道陣に頭を下げ、笑いながら刑務所に行ったところがカメラに収められています。

その後、捜査が進められ、松永太の裁判も始まります。松永太の裁判では、死刑が確定されました。しかし、松永太は、死刑を不服とし、自分は殺していないと主張するものの、裁判での判決は覆らず、死刑確定は決定的になりました。

裁判は当初福岡地方裁判所小倉支部にて行われました。そして小倉で行われた裁判で死刑が宣告されるも、松永太が納得しなかったため、裁判は最高裁判所までいったのです。しかし死刑確定が決定されたため、現在、松永太は、福岡県早良区にある福岡拘置所に死刑囚として収容されています。

緒方純子の逮捕・公判

松永太とともに逮捕された緒方純子の裁判も行われました。緒方純子にも裁判にて当初は死刑が宣告されています。死刑判決に、緒方純子自身は従うつもりでいました。しかし、緒方純子自身も松永太による暴力により、精神が操られていたとし、福岡高等裁判所に不服申し立てをしています。

そして、その後の裁判で緒方純子に下された判決は、死刑から無期懲役に変更されました。しかし、検察側は、緒方純子を死刑にすべきだとして、また裁判を持ちかけるものの、結果的には死刑ではなく無期懲役の判決になりました。

緒方純子は、逮捕当初は全く口を割らなかったが、松永太と離れることで自分を取り戻していったのか、徐々に供述をし、素直に警察の問いかけに応じていたと言われており、その態度も含めて死刑から無期懲役になったのです。緒方純子は福岡拘置所にて現在刑を受けています。

北九州監禁殺人事件・松永太の生い立ち

なぜ北九州監禁殺人事件のような事件が起きたのか、なぜ松永太のような人間がいるのか、その謎は、松永太の生い立ちを見ていかないと解くことができません。松永太の生い立ちを見ると、過去はとても優秀だったことが分かります。どんな生い立ちだったのか見ていきましょう。

松永太の生い立ちとは?

松永太の生い立ちを、年代ごとに分けて説明します。松永太の生い立ちを見ていると、勿体ない人生だと思う人もいれば、事件を起こしそうな人だと思う人もいるでしょう。

松永太の生い立ち①誕生〜小学校時代

誕生から小学校時代までの生い立ちを紹介します。松永太は、1961年4月北九州の小倉にて、松永家の長男として誕生しています。松永太の父親の家系は、布団屋を営んでおり、裕福でした。その布団屋を父親が継ぐために小学生のときに柳川に転校しています。

小学生時代の松永太は成績が優秀で、努力なしでオール5の成績を軽々取るような子供でした。あまりの頭の良さから、周囲からも認められ、学級委員も務めるほどの人物でした。

ここまでの松永太の生い立ちを見ると、殺人事件を起こし、裁判で死刑判決がなされ、現在は死刑囚として生きているなんてことを誰が想像するでしょう。同級生の中には、真面目に生きていたら優秀な人物だったに違いないと発言する人もいるぐらいです。

松永太の生い立ち②中学校〜高校時代

松永太の生い立ち、続いては、中学生から高校生です。松永太の口の上手さは、中学生のときには既に備わっていました。中学生のときに行われた弁論大会では1年生にして優勝しています。部活ではキャプテンを務めるなど、誰もが信頼する人物のように感じます。しかし、中学生当時から、虚言壁がすごく、信頼を得ることはなかったようです。

虚言壁は松永太が事件でも使ってきた技なので、嘘をつくことが当たりまえになっていたのでしょう。そして、高校に進学するも、高校では女性関係で問題を起こし、転校させられています。

事件でも女性関係がいくつも浮き彫りになっていました。妻意外の女性と関係を持ったり、妻がいたのに緒方純子と関係を持っていたことがその例です。松永太の人生は、中学生、高校生の頃の生い立ちを見ていると、ここから徐々にズレてきているのが分かります。

松永太の生い立ち③ワールドを設立

松永太は、高校卒業後に父親の布団屋を継いで、ワールドという会社を立ち上げたのです。ワールドでは先述したように、まるで殺人事件を起こす1歩手前の状況を作り出していました。

小学生のときにあれだけ頭がよかった松永太は、徐々にズレてきた人生を修正することができず、自分勝手なことばかり繰り返すことしかできなくなったのです。

想像を絶する特殊な生い立ち

松永太の生い立ちは、想像を絶するものと言われています。多くの人に嘘をつき、自分を過大評価し、人を騙すことで人生を歩んできています。

松永太と結婚していた妻に至っても、元々は松永太が妻に惚れ、毎日のように妻が通うバス停で待ち伏せをしたのだとか。そしてある日突然「来れなくなる」といい、妻の気を引いたことがきっかけで妻と交際、結婚をしたのです。

妻に至ってまで、口の上手さを使って口説き、その後は他の女性との関係を多く持つという人生も歩んでいるのです。

松永太はサイコパス

松永太はサイコパスだと言われています。サイコパスだからこそ、このような殺人事件を起こしたのです。また、サイコパスだからこそ、事件を起こしたにも関わらず、現在も反省の色を見せないのです。

ここでは、サイコパスとは何か、またなぜ松永太がサイコパスと言われるのかについて紹介します。

サイコパスとは?

サイコパスとは、パーソナリティー障害のことを言います。正しくは、「精神病質」と言われ、精神病のような気質があると思えばいいでしょう。サイコパスの反社会的な考えの持ち主だと言われています。

人に対して平気で嘘をついたり、自分勝手で自信がかなりある人です。また、口がとても達者なのもサイコパスの特徴です。さらには、良心にかけるところがあり、普通の人がダメだと思う事が通用しません。

サイコパスの人は、社会で上手に生きていくことが難しいでしょう。しかし、ほとんどのサイコパスの人は、社会の中で生きているといいます。中には、自分ではサイコパスだと気づいていない人もいるのです。

松永太が見せたサイコパスの特徴

松永太が見せたサイコパスの特徴には、まずは口のうまさがあります。そして自信家の態度、さらには、殺人事件を起こし、裁判で死刑判決を受けたにも関わらず、反省しないところもサイコパスの特徴でしょう。

そして、人に対して虐待を繰り返すところも、サイコパスの特徴である良心のなさが出ています。サイコパスはパーソナリティー障害の1つです。このように精神障害を抱えていると、裁判でも刑の重さに関係するのか?と思った人もいるようですが、障害だとしても重い罪として死刑判決は免れなかったのです。

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北九州監禁殺人事件の犯行の手口

北九州監禁殺人事件の犯行の手口を紹介します。松永太が、死刑判決をされたときに、「自分はやっていない!」と言っていた理由が、この犯行手口によって判明することができます。

自らは手を汚さない!巧妙な手口で行われた殺人

松永太は、実際には自分の手で殺害した人はいないのです。全てを当時監禁していた緒方純子らにさせています。それも全て、「殺せ!」と指示することなく、上手に殺害に持っていくように促しているのです。

そして、死体解体に関しても、松永太は手を染めていません。そのため、「自分はやっていない。」「緒方純子らの意志で行ったことだ。」と言い張るのです。

暴言や電気ショックで虐待・マインドコントロール

松永太がなぜ、自分の手を染めずにこれだけの人を殺害したのかというと、松永太は監禁した人物に向かって暴言を吐いたり、通電させることで、「逆らうと怖い」とか、「間違っているのは自分だ」と思わせるようにマインドコントロールをしたのです。

マインドコントロールをされることで、緒方純子始め、監禁された人物は、松永太が喜ぶと思うこと、松永太に認められると思うことを実行するようになったのです。それが、殺害だったのです。

北九州監禁殺人事件での公判・判決

北九州監禁殺人事件での公判・判決は、松永太には死刑、緒方純子には無期懲役となっています。現在、松永太の死刑は実行されていません。死刑囚として収容されています。

緒方純子に至っては、松永太とともに生活していたときよりも、刑務所の中でのほうが自由を感じているぐらい感覚がおかしくなっていたと言われています。

容疑を否定する松永太

松永太は、誰がどうみても残虐的なことをしながら、容疑を否定しています。それも、取り調べられた全ての容疑について否定しているとのことです。しかし、この事件から逃げ出した少女や、緒方純子の証言が一致することから、松永太が嘘をついていることが明らかになっています。

松永太に反省の色はない

松永太は、事件の主犯であったにも関わらず、全く反省の色をみせません。松永太の息子が会いにいって謝罪を求めるも、それも拒絶しています。サイコパスの特徴である良心の欠如からくるものでしょうが、反省のなさが、被害者である少女を苦しめることにもなっているでしょう。

松永太は人生論を語った

松永太は、女性警官が訪れると、綺麗な女性警官だったからかふと隙を見せ、自分の人生論を語っています。その人生論は、「全ては人のせい。」「責任を取りたくない。」「責任をとらなくて済むように人を使う」というようなものです。

松永太のこの発言は、松永太の人生そのもの、そして、殺人事件の全貌そのものに感じます。

北九州監禁殺人事件・松永太の両親について

松永太の良心について紹介します。松永太という人格を作った原因には、間違いなく良心が関わっているでしょう。松永太の両親とはどんな人で、なぜ松永太のような人物を育てたのでしょうか。

布団屋の事業をしていた

先述しているように、松永太の両親は布団屋を経営していました。父親については、事業を継ぎ、松永太に引渡したとしか分かっていません。

母親についての詳細もほとんどないのですが、松永太は母親から可愛がられて育ったと言われています。母親からの愛情をもらいながらも、松永太がおかしくなったのはなぜでしょうか?

はっきりと判明していないようですが、松永太の父親はとても厳格で母親は服従していたのではないかという噂があります。そんな母親を見て育った松永太は、どこかで女性を服従させるのが普通の男のやることだと思った可能性があると言われているのです。

事件後の取材に応答しない

実際に松永太の両親についての事実があまり説明されていないのも、父親や母親の性格が噂として言われるだけなのも、両親が事件後の取材に応答しないことが原因とされています。

松永太は逮捕当時はもういい大人になっていましたが、両親である父親も母親も一切なにも口にしなかったのです。現在は松永太の両親がどこにいるかも分かっていません。

どこかでひっそりと暮らしているのでしょうが、松永太の両親は現在は行方不明になっているとも言われています。両親の人生を破滅させた松永太ですが、両親にもまた、何かしらの責任がある可能性もあります。

北九州監禁殺人事件・松永太の二人の息子は?

北九州監禁殺人事件の犯人である松永太と緒方純子の間には、2人の息子がいました。この2人の息子は事件が行われていたとき、どうしていたのでしょうか?また、松永太と緒方純子にどのように育てられ、現在はどのように暮らしているのでしょう。

松永太と緒方純子は、7人を殺し、1人の少女を虐待等で苦しめたとされていますが、息子たちもまた、事件の被害者になっています。

小さい頃は子供だけで住まされた

北九州監禁殺人事件の犯人である松永太と緒方純子の2人の息子は、事件現場となったアパートでは一緒に暮らしてはいませんでした。事件現場から5分ほど離れた場所で、子供たちだけで暮らしていました。出生届けも出されておらず、学校にも幼稚園や保育園にも通うことがなかったのです。

1日のほとんどをアパートの一室で過ごし、そこには監視カメラが設置されていました。松永太や緒方純子は、子供たちのことも監禁していたのです。食事は緒方純子が週に1度食料を持ってくる程度で、松永太からは、食パン1枚で1日過ごせといわれていたのです。

松永太も緒方純子も2人の息子に対して、教育も育児もしていません。よく面倒を見ていたのは、この事件が浮き彫りになったきっかけとなった脱走した少女なのです。幼少期に愛情をもらえなかった2人の息子は、その後、痛々しい人生を過ごすことになります。

両親逮捕後は施設で暮らす

松永太と緒方純子が逮捕されたとき、息子は長男が9歳、次男が5歳でした。息子たちは児童養護施設で暮らすことになります。しかし、まともな教育を受けていなかったせいで、同学年の子たちよりできないことが多かったのです。

そして、学校に通いだした息子は、やっと社会に出て、自分たちの知らない世界を体験するも、幼少期に監禁や虐待をされていたせいで、どう人と接していいのか分からなかったと言われています。皆が楽しそうに遊んでいるのも、その感情が理解できないでいました。

さらには、学校内で、「北九州監禁殺人事件の息子」として噂が広まり、白い目で見られることが多くなりました。犯罪者の息子としての人生が、小学生という小さなときから重くのしかかったのです。松永太と緒方純子は息子たちに大きな痛手を負わせることになったのです。

北九州監禁殺人事件犯人の息子としてTV出演

北九州監禁殺人事件は、あまりにも壮絶で見るに耐えない内容が多すぎることから、捜査の状況も伝えられなくなりました。そのため、息子たちがその後どうしていたのか知らない人が多かったのです。

ところが2017年に松永太、緒方純子の息子がテレビ出演し、当時のこと、現在のことを語っていました。現在は結婚をしているという息子ですが、子供はいないようです。というもの子供への接し方、育て方が分からず、もし子供が生まれたら虐待してしまうのではないかという気持ちが強いからなのです。

息子は、現在服役中の緒方純子や松永太に会いに行っています。そして緒方純子からは手紙が届き、複雑な思い出それを読んでいます。さらに松永太は現在も反省していないようで、「俺はやっていないから署名を集めろ。」などのことを指示してきたと言われています。

緒方純子は、松永太のマインドコントロールから抜けだし、息子に対する気持ちが大きくなっているのでしょう。手紙には母親目線で様々なことが綴られています。その手紙を貰う息子は一生、松永太と緒方純子の息子としての苦悩を抱えて生きていくのです。そう考えるとこの事件はまだまだ終わらない被害があるということです。

北九州監禁殺人事件は異常な精神症状の持ち主による残虐な事件

北九州監禁殺人事件について紹介しました。このような残虐な事件は、見るのも聞くのも辛くなりますが、実際に起きた事件です。そして現在も被害にあった少女、松永太、緒方純子の息子らは苦しめられています。

緒方純子もある意味、苦しみながら生きている1人でしょう。このような事件が起きる日本は平和ボケと言われていますが、決して平和な国ではないと感じさせられます。

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