近江陽一郎(D-BOYS)の現在!事故が原因で俳優活動を引退した?
話題のミュージカル「ヘタリア」で初代ドイツ役を演じた近江陽一郎さんは、俳優集団D-BOYSのメンバーでした。現在は引退を発表していますがその引退理由は詳しく語られているのでしょうか。今回はそんな近江陽一郎さんについてまとめてみました。
目次
近江陽一郎(D-BOYS)とはどんな人?
近江陽一郎さんは、ワタナベエンターテインメントに所属していた元俳優です。2.5次元俳優として舞台を中心に活動していましたが、バイク事故をきっかけに引退したという噂が流れたり、事務所をクビになったという話が出たりしています。
近江陽一郎のプロフィール
本名 | 芸名と同じ |
生年月日 | 1989年4月5日 |
現在の年齢(2018年現在) | 29歳 |
出身地 | 埼玉県 |
血液型 | A型 |
活動内容 | 俳優、タレント |
所属グループ | D-BOYS(D2) |
所属事務所 | ワタナベエンターテインメント |
近江陽一郎さんの趣味はツーリングや読書で、特に東野圭吾や井坂幸太郎を好んで読んでいると語っていました。昔は木登りをしてよく怒られていたというエピソードを持ち、現在まで活発なイメージが強いですが、実は法学部に通うくらい真面目で知的な人物です。
また、野球も好きで同じ舞台の共演者と一緒に汗を流す姿も確認されています。実際に自分がやるだけでなく、同じ俳優仲間と観戦するのも好きなようです。
近江陽一郎の交友関係
D-BOYSとして活動していた近江陽一郎さんは、交友関係についても話題になりました。同じD-BOYSのメンバーはもちろん、今も第一線で活躍している俳優陣との交友があります。
三浦祐太朗
2人はwktkラヂオ学園サンデーというラジオ番組のレギュラー仲間です。よく2人で飲みに行ったり、スポーツ観戦をしに行ったりと、プライベートでも交流がありました。
陳内将
陳内将さんと近江陽一郎さんは、同じD-BOYS(D2)のメンバーで、「じんおみ」コンビとしても知られていました。ミュージカル「忍たま乱太郎」や「テニスの王子様2ndシーズン」でも共演を果たし、俳優としてだけでなく友人としてもお互いを認め合っていたようです。
三津谷亮
三津谷亮さんは陳内将さんと同じく、D-BOYS(D2)のメンバーでした。近江陽一郎さんとの初共演は舞台「忍たま乱太郎」で、初めの頃はお互いをよく知らないということもあり、ぶつかり合ってしまうこともあったそうです。コンビ「おおみつやりょういちろう」としても媒体に露出しています。
近江陽一郎の略歴
近江陽一郎さんは出身大学など、あまりプライベートなことを語りたがらない傾向がありました。俳優として活動するにあたって、本人も意図していないほどトントン拍子で話が進んでしまったようです。
2009年D-BOYSオーディションで審査員特別賞を受賞
第6回目になるオーディションで、2万人を超える応募者の中から10人が最終選考に選ばれました。
グランプリには阿久津愼太郎さんが選ばれましたが、近江陽一郎さんは審査員特別賞を勝ち取っています。ちなみに勝ち残った中では近江陽一郎さんが当時20歳で最年長でした。
D-BOYSとは?
D-BOYSとは、2004年に結成された男性俳優集団で、過去には城田優さんや五十嵐隼士さんなどが在籍していました。現在も瀬戸康史さんや志尊淳さんらが所属し、ワタナベエンターテインメントにおいて若手俳優の登竜門とも呼べるグループです。
また、ミュージカル「テニスの王子様」のキャストに代々選ばれているという共通点もあります。
2010年大学生でD2のメンバーに
もともと近江陽一郎さんはD2のメンバーとして加入しました。D2はD-BOYSの弟分的なグループで、D-BOYSオーディションの参加者や優勝者が加入することも多かったようです。
近江陽一郎さんの加入当初は、初の現役大学生ということで注目を集めました。
2013年D-BOYSのメンバーに
D2がD-BOYSと合併するに伴って、近江陽一郎さんをはじめとしたD2のメンバーはD-BOYSとして活動するようになりました。これによってD-BOYS内のD2という立ち位置になり、少しややこしくなってしまったのかもしれません。
2013年連続ドラマの初主演
そんなD-BOYSの合併で盛り上がる少し前、近江陽一郎さんは連続ドラマの主演権を獲得しています。近江陽一郎さんはこのドラマが初主演だったため、様々な苦労があったと語っていたそうです。
近江陽一郎の出演ドラマ・舞台での活動
デビューしてから数年は舞台メインでの活動が主でしたが、2012年からは本格的に俳優業への挑戦もしています。
ドラマ『おとりよせ王子飯田好実』
このドラマは高瀬志帆さん作の漫画を実写化したもので、内容はいわゆるグルメものになっています。美食家な主人公が、全国から美味しいものを取り寄せて食べることを生きがいとしているさまは、一人飯をする人にとっては勇気づけられたのではないでしょうか。深夜帯の放送だったので、食事シーンは「飯テロ」と称されていました。
このドラマが初主演だった近江陽一郎さんは、役作りのために自ら「おとりよせ」を試していると語っています。普段はなかなか見れないメガネ姿が拝めると、ファンの間でも好評だったようです。
舞台『忍たま乱太郎』
大人気作品「落第忍者乱太郎」および「忍たま乱太郎」を元に舞台化されたものです。2010年に初演を迎え、2018年現在まで続くロングランミュージカルとなっています。原作やアニメとは違い6年生または5年生をメインにしているのも特徴です。
近江陽一郎さんは舞台の第1弾となる「がんばれ六年生!」の再演で、主演の食満留三郎を演じました。初舞台で初主演となるにあたり、同じD2メンバーだった陳内将さんや三津谷亮さんにかなりお世話になったと言われています。
舞台『ミュージカル・テニスの王子様2ndシーズン』
許斐剛さん原作のスポーツ少年漫画「テニスの王子様」を舞台化した大人気ミュージカルです。「テニミュ」の略称で親しまれ、俳優として有名になるための入り口であるとも言われています。
過去には斎藤工さんや宮野真守さんも出演し、俳優だけでなく声優も起用することでミュージカルの歌唱部分に厚みを持たせているのではと考えられています。
約3年続いた2ndシーズンで近江陽一郎さんは、ライバル校である不動峰中学校の選手・森辰徳を演じました。同じD-BOYメンバーも多数出演しているので、本人にとっても比較的やりやすい仕事だったのではないでしょうか。
近江陽一郎は過去にバイク事故の経験あり!引退とは関係なし?
引退と関連づけられて語られるのが過去に起こしたバイク事故です。幸い死亡者などは出ていないようですが、この事故がきっかけで近江陽一郎さんは芸能界を志すようになったと言われています。
バイクで首の骨を折る大事故に!
事故を起こしたことで、近江陽一郎さんは首の骨を3本も折ってしまったと語っています。首の骨が折れると最悪の場合死に至ることもあり、手術などが無事に済んでも後遺症が残るケースは少なからずあります。
ICUに入ったとも語っていて、かなりの大事故だったことが伺えます。
後遺症はなく芸能界に復帰?
そもそもこのバイク事故はいつ起こしたのか、正確にわかっている人は少ないのではないでしょうか。話によると、D-BOYSオーディションのパフォーマンスで本人が語っていたというのが出所のようです。
事故を起こしたのはD-BOYSオーディションの1年前、つまり19歳のときで、免許を取ったばかりで浮かれてしまい事故を起こしたと言っています。このことで友人や家族の支えによって生きていると実感し、芸能界に入る決意をしたそうです。
ちなみに事故の後も手術はせず、骨がくっつくのを待っていたということから、頸髄損傷のような生死に関わる状態ではなかったのかもしれません。
近江陽一郎は2016年にブログで芸能界引退宣言!
俳優活動が順調だと思われていた2016年3月、自身のブログで突然の引退発表をしました。急なことで、なかなか受け止めきれないファンの人も大勢いたと言われています。
引退理由、それに伴う決意は、芸能界で生き抜くことの大変さと人生を謳歌したいという気持ちが現れていました。
引退理由はやりたい仕事に挑戦したい?
引退発表したブログによると、「俳優ではない昔からの夢で、挑戦したいことがある」というのが引退理由のようです。詳しくは書かれていませんが、ラストチャンスという言葉から挑戦にはかなりの期間がかかるのではと推測されています。
あこがれの職業は「警察官」という説あり
かねてから現場やインタビューで「俳優じゃなかったら、警察官になりたい」と語っていたらしく、そこから引退後は警察官になるために試験への挑戦をするのではと考えられています。
実際は芸能界での自分の限界を感じていたのかも
引退するにあたりD-BOYからの脱退を表明した近江陽一郎さんですが、実は芸能界で活動していくことに限界を感じていたのではと噂されています。事務所をクビになったのをオブラートに包んで言っているのではという声もありました。
実際2015年には大人気作品「ヘタリア」のミュージカルで主役級の役を演じていますし、地方ではありますがレギュラー番組も持っています。本人は2016年に入ってすぐの祖母の死去が理由と言っていますが、本当のことはわかりません。
近江陽一郎の現在の情報は全くわからない
引退してしばらくは交流のあった俳優との写真などで情報が得られましたが、現在は全くわからない状態です。
地元埼玉の草野球チームにかねてから参加していたので、現在もそこで野球をしているとの情報は入ってきていましたが、正確かどうかは不明となっています。
勇気ある決断
俳優として芽が出ない人は、20代後半で夢を諦める場合が多いと言われています。30代になって売れる人もいれば、デビュー当時から人気絶頂の人、はたまたずっと芽が出ないまま年齢を重ねてしまう人など、芸能界はかなり厳しい場所です。
その中で夢を諦める決断をするのはかなりの勇気を必要とします。近江陽一郎さんもそのうちの一人として、新たな道を進んでいくことを応援していきましょう。