イモムシ雄太(本名:安井雄太)の現在!両手足を失った人生とその後

イモムシ雄太という人物を知っているでしょうか。本名「安井雄太」さんはある事故をきっかけに両手足を失う四肢切断という状態になったのです。イモムシ雄太とはその見た目から付けられたあだ名です。安井雄太さんはなぜ四肢切断しなければいけなくなったのかまとめました。

イモムシ雄太(本名:安井雄太)の現在!両手足を失った人生とその後のイメージ

目次

  1. 1イモムシ雄太(本名:安井雄太)の現在
  2. 2イモムシ雄太が起こした事故
  3. 3イモムシ雄太が両手足を無くしてからの母との関係
  4. 4イモムシ雄太のその後
  5. 5イモムシ雄太は死んだのか?
  6. 6イモムシ雄太の現在の姿は?
  7. 7現在も元気に過ごしている安井雄太さんを願って

イモムシ雄太(本名:安井雄太)の現在

イモムシ雄太と呼ばれた男、安井雄太さんは19歳という若さで四肢切断をしなくてはいけなくなりました。それまで普通に自由に生活していたのにその生活が一変したのです。安井雄太さんは事故に合うまで正直人に自慢できるような生活はしていませんでした。

母親に迷惑をかけ世間に迷惑をかける「不良」だった安井雄太さん。そんな彼がイモムシ雄太と呼ばれ蔑まれ命はあっても死んだような気持ちでした。そんな安井雄太さんがイモムシ雄太と呼ばれるようになった経緯と四肢切断したその後の生活、現在の姿を見ていきましょう。

安井雄太のプロフィール

まずは安井雄太さんのプロフィールからご紹介します。安井雄太さんは家族五人で暮らしていました。兄弟も2人いたそうです。母親と父親の仲は昔からあまりよくありませんでした。

安井雄太の幼少期

安井雄太さんは小学校に上がる前に両親が離婚しています。離婚の理由は借金だったようです。その後は母親が三人の子供の子育てを一生懸命していました。

そんな母親の気持ちを知らずに安井雄太さんは中学に上がる頃には不良の道に足を入れてしまうのでした。

安井雄太の中学時代

イモムシ雄太こと安井雄太さんは中学に上がると次第に学校へ行かなくなりました。そして仲間と夜遊びをしたりたばこを吸ったり悪さを繰り返していきました。

家にも帰らず夜は遊びまわり喧嘩も繰り返していた安井雄太さんもこの時はまだ自分が事故で両手足を失って生活しているなんて思いもしてなかったでしょう。

恐喝や万引きを繰り返し少年院へ

非行はどんどん悪化していき安井雄太さんは遊ぶ金欲しさに万引きや恐喝も繰り返していきました。その結果少年院に入ることもあったようです。

高校は中退していますが学校ではいじめもしていたそうです。この頃には自分がいかにワルなのかが大事になってきていたのでしょう。このように安井雄太さんはイモムシ雄太と呼ばれるようになる前には相当な不良だったと言えるでしょう。

イモムシ雄太という名前の由来

このような悪さを事故に合い四肢切断となるまで行っていた安井雄太さんですがどうしてイモムシ雄太と言われるようになったのでしょう。

元々、世間に迷惑をかけて生きてきた安井雄太さんなので事故で両手足を失った後もその現状を同情する人よりも「今までやってきたことの報いだ」「ざまーみろ」「母親に迷惑かけていっそ死んだ方がよかったのに」といった批判の声が多かったのです。

そういった批判をいう人からの皮肉とバカにする気持ちからイモムシ雄太とあだ名を付けられそれが広まったと言います。

世間の声は冷たいものが多くネット上では軽く炎上が続きました。当時安井雄太さんはDQNと言われる不良(簡単に言えば常識知らずや痛い人物)でそのDQNがバカなことをして自分にその被害が返ってきたというのは同情の余地ナシと言われることが仕方ない現状でした。

そしてそれは彼の四肢切断の状態をテレビで見て更に増したのです。「いい気味だ」と掲示板などでは書かれていました。19歳という若さにやや可哀想な意見を言う人もいましたが批判に飲み込まれていたようです。

イモムシ雄太が起こした事故

両手足を失う事となった安井雄太さんを襲った事故とは一体どのような事故だったのでしょう。それはあまりにも自分勝手で無知な事が原因となった事故でした。

シンナーを吸引していた

安井雄太さんは中学から不良の道に進み、万引き恐喝、いじめや夜遊びと沢山の非行をしてきました。その後シンナー吸引にも手を出したんですがこのシンナー吸引が安井雄太さんの人生を変える事となるのです。

車内にシンナーが充満して火事に

事故当日、安井雄太さんは車の中でいつも通りシンナー吸引をしていました。ビニール袋にシンナーを溜めて吸っていると次第に気持ちよくなり思考も低下します。

その時に気付いていなかったのです、車の中にシンナーのガスが充満していたことに。安井雄太さんはシンナーで気持ちよくなったところにたばこを取り出します。そしてたばこに火をつけた瞬間車の中のガスに引火し一気に炎上しました。

四肢切断した

燃え上がった車内から火だるまになって出てきた安井雄太さんは救急車で運ばれましたが既に意識は失っていました。身体中大やけどをした安井雄太さんはその火傷具合から四肢切断せざる負えない状態だったのです。

三日間目を覚まさなかった安井雄太さんは四日目に目を覚ました時、火傷により髪の毛も失い両手足もない自分の身体を見て声が出なかったそうです。その後も現状を把握できず頭の中が真っ白になっていました。

意識が戻ってからの安井雄太さんは四肢切断による切断部分の激痛に悩ませれていました。その後には原因不明の頭痛や吐き気も襲ってくるのです。

地獄のような日々だったと言われていますが、これは安井雄太さんにとって地獄の始まりでしかなかったのです。

イモムシ雄太が両手足を無くしてからの母との関係

両手足を失った安井雄太さんは自分の気持ちの整理ができないまま完全な介護の生活となってしまいました。そしてそのお世話をすることとなった母親に対しても素直に出来るはずもなく暴言を繰り返していました。

自分の身体が自分の思い通りに動かない事は、今まで出来ていた人からすると半端ない辛さでしょう。安井雄太さんもそんな自分自身の不自由さへの苛立ちもあり母親に感謝や謝罪の言葉も出なかったのでしょう。

安井雄太さんの母親は安井さんの幼少期に離婚しています。その後は独り身で子育てを頑張ってきましたが安井雄太さんが不良として悪さをするようになったことですれ違いの日々を送っていました。

しかし母親の助けなしには生きていけない身体となった安井雄太さんに選択肢はありません。トイレやお風呂、食事の世話に至るまで母親にやってもらわないといけないのは屈辱でしかなかったでしょう。

死んだわけではないのに死んだような生活だったと後に安井雄太さんは言っています。

四肢切断となった安井雄太さんの介護をすることとなった母親は当時のテレビのインタビューで息子の現在の姿に嘆いていました。

「せっかく五体満足で産んだのにまさか両手足を切る事になっちゃうなんてね…事故を聞いた時は元気に治って帰ってくると思っていたのにね」と涙ながらに話していました。

安井雄太さんは初めのころは母親との口論が絶えなかったようです。

母親だけでなく兄も介護に加わった

安井雄太さんには4歳年上の兄がいました。安井雄太さんが事故にあい両手足を失って失意の中にいた頃母親だけでなく兄も安井雄太さんの助けとなったのです。

死んだような眼をしていた弟の安井雄太さんに向かって兄は「こんな体になっても生きているんだからなにかしら意味があるんだよ。一回死んだと思って人生やり直そう」と励ましたそうです。身の回りの世話も一緒に助けました。

その後安井雄太さんは徐々にではありますが家族の気持ちを理解し、自分自身の気持ちも変化していったのです。

安井雄太さんを励ますために母親は部屋の中にキティちゃんのグッズを集めて置いていたそうです。暗い部屋で息子がまた死んだ方がマシだと思わないようにと願った母親の想いが詰まっていたのでしょう。

イモムシ雄太のその後

世間からイモムシ雄太とバカにされ、自分自身も死んだような地獄を味わった安井雄太さんはその後どのような生活を送っているのでしょう。四肢切断となり現在も家族に助けられながら生活しているのでしょう。

しかし気持ちに少しずつ変化が出てきた安井雄太さんはその後何を思い何か行動に移してきたのでしょうか。不確定ではありますが安井雄太さんのその後の生活をまとめました。

ブログサイトやホームページが作られた

安井雄太さんは事故に合う前からホームページを作って自身の悪行を綴っていたそうです。しかし事故後はそういったことはなくホームページはなくなりました。

代わりではないですが、ブログのようにチャットを始めたそうです。勿論両手足を失ってますから指はありません。なので切断部分でキーボードを打っていたようです。

安井雄太さんはインタビューで「チャットで誰かと話していると気持ちが落ち着く。一人でいると色々悪いことを考えちゃうから」と話しています。

また自分自身の現在の姿に対しても「今まで自分がしてきたことが返ってきたんだと思う。これは天罰なんだと受け止めてる」と四肢切断という現実を受け止められるようになったそうです。チャットでは四肢切断になるとどうなるのかなども話していたみたいですね。

自分の現状を外に発信することで客観的にも自分を受け入れようとしていたのでしょう。このチャットで安井さんは少しずつですが前向きな考え方を持てるようになったのでしょう。

勉強して定時制高校に入った

安井雄太さんは高校を中退して悪行に手を染めていました。中学もほとんど言っておらず勉強という勉強はしていなかったでしょう。

そんな安井雄太さんですが気持ちの変化と共に自分には勉強が必要だと感じるようになりました。そこで腕に鉛筆を固定して勉強をするようになりました。世間からは今更と言った冷ややかな目がありましたが安井雄太さんは諦めませんでした。

その甲斐があり安井雄太さんは定時制の高校に入学して勉学に励んだのです。「人とふれあい自分でいろんなことができるようになりたい」と話していました。

イモムシ雄太は死んだのか?

しかしそんな安井雄太さんですが既に死んだのでは?という噂もネットでは言われています。これはあくまで噂ですので現在も生きているという可能性も十分にあります。

ではなぜ死んだと噂が流れたのでしょう。その噂についてみていきます。

川に飛び込んで死んだ?

安井雄太さんは両手足を失った絶望感から川に飛び込んで自殺したと言われています。しかしこれも実際ニュースになったわけでもなく噂でとどまっています。

そして四肢切断された身体で川に飛び込むのは難しいということであまり信ぴょう性はないと言えるでしょう。また同じようにお風呂で溺れて死んだという噂も出ていますがこちらも噂止まりです。

舌を噛んで死んだ?

安井雄太さんが現在は死んでいるという噂はまだあります。こちらも絶望感からの自殺で舌を噛んで死んだというものです。

勿論確定するような事実はなく噂ですがやはりイモムシ雄太と呼ばれた身体は他の人間から見ていて絶望を与えるものなんだと思えますね。他にもその都度安井雄太さんについて話している人はいますが真偽はわかっておりません。

今もいる安井雄太さんに対する中傷者が死んだとデタラメを流したというのも否めません。しかし前に書いたように前向きに勉強などをする安井さんを見ると自殺をしたとは思いにくいですよね。

イモムシ雄太の現在の姿は?

安井雄太さんの現在の姿とはどんなものなのでしょう。死亡説が流れていたりとはっきりとした現在の動向は残念ながらわかっていません。しかし一度は地獄のような気持ちを味わい精神的には死んだ安井雄太さんですが家族に支えられながら立ち直ったのは確かです。

自分から人との関わりを求めチャットを始めたり、高校に再び行くために勉強を始めたのは安井雄太さん自身が新しい人生を楽しむために起こした行動です。そんな前向きに動き出した安井雄太さんが自殺をするとはなかなか思えない人は少なくないでしょう。

現在安井雄太さんはどうしているのでしょう。壮絶な経験をした安井雄太さんは一度は間違った道に進んでしまいましたが、本人の言葉を借りるなら天罰が下りその人生は終わりました。そして死んだ方がマシだと思うくらいの生活が第二の人生として始まりました。

その人生を受け入れた時の安井雄太さんはとても前向きだったと感じます。今でもネット上では批判的な声はありますが事故当時よりは少なくなったと言えるでしょう。そして安井雄太さん自身もそんな世間の声を受け入れながら生活していたのです。
 

現在も元気に過ごしている安井雄太さんを願って

イモムシ雄太と呼ばれた安井雄太さんですが初めこそ自業自得だといった意見が多いでしょう。しかし事故後の安井雄太さんの苦悩や家族との関わり、安井さん自身の行動などはある種人々の心を動かしたのではないでしょうか。

勿論過去にやってきた悪行が消えるわけではありませんし、安井さんによって被害を受けた人がいるのも事実です。しかしそれを天罰だと認めた安井雄太さんの気持ちは並大抵の覚悟ではなかったでしょう。

そんな覚悟の中で安井雄太さんはきっとこの先の人生で過去の罪滅ぼしをしようと思ったことでしょう。定時制の高校を無事卒業しもしかしたら立派に仕事をしているかもしれません。

制限は沢山あったとしてもきっと安井雄太さんはその困難を超える努力をしているのでしょう。なぜなら彼は一度死んだも同然なのですから。現在の生死はわかりませんが安井雄太さんは家族に今も支えられながら元気に生きていると願いたいですね。そして生きているのならしっかりと前を向いてこの先も頑張ってほしいです。

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