藤原ここあの死因は病気?漫画家でいぬぼく作者の死去した真相は?
漫画家・イラストレーターの藤原ここあさんは、なぜ亡くなったのか死因を探ります。藤原ここあさんを知っていますか?いぬぼく作者としてファンからの人気を得ていた彼女は連載中の漫画がありながら突然亡くなってしまいました。死因は病気だったのでしょうか。
目次
いぬぼく作者の藤原ここあが亡くなった原因は?
漫画家・イラストレーターの藤原ここあをさんをご存知ですか?漫画を普段読まない人や、メジャーな漫画雑誌のみの方は、知らないかもしれません。
どちらかというと、マイナーな漫画作者だった藤原ここあさんですが、ファンからは絶大な人気を得ていました。しかし、彼女は人気作品を連載中に突然亡くなってしまいました。死因は病気だったのでしょうか。
この記事では、漫画家・イラストレーター、いぬぼく作者の藤原ここあさんが、なぜ亡くなったのか死因を探ります。また、彼女の生前の作品や経歴についても紹介します。
藤原ここあとは?
はじめに、藤原ここあさんはどんな人だったのか、基本的な情報から見ていきましょう。藤原ここあさんは、若い頃より漫画に目覚め、勉学よりも漫画家になる道を目指したそうです。
藤原ここあのプロフィール
本名 | 藤原ここあ |
生年月日 | 1983年4月28日 |
享年 | 2015年3月31日没年 31歳 |
出身地 | 福岡県北九州市 |
血液型 | B型。 |
活動内容 | 漫画家・イラストレーター |
活動時期 | 1999年 〜 2015年 |
趣味 | 読書 |
主な作品 | 妖狐×僕SS |
藤原ここあさんは、1983年4月28日に福岡県北九州市に生まれました。読書や漫画を描くことが大好きで高校受験の勉強をそっちのけで、漫画ばかり書いていたのだそうです。
しかし、藤原みるくのペンネームで漫画大賞に応募、佳作を受賞してから、漫画家の才能を発揮し始めました。そして「ガンガン系」と言われる漫画作品を数多く書いて行くことになりました。
「ガンガン系」って何なの?と思った方は後ほど説明をしますので、そちらをご覧ください。マイナーな漫画家ではあったものの、ファンからは人気を得ていた彼女ですが、2015年3月31日に亡くなったと突然の死去報告がされます。
藤原ここあの経歴
続いては、藤原ここあの経歴について見ていきましょう。漫画家デビューは中学生の頃で、31歳に亡くなるまで、漫画作者として書き続けていました。本当に漫画が好きだったのですね。
エニックス漫画大賞で佳作を受賞
藤原ここあさんの、漫画家デビューのきっかけは、1998年、エニックスという会社が主催する主第7回「21世紀マンガ大賞」に投稿し佳作を受賞したことです。
投稿した作品は「Beauty and the Beast」で14歳の時でした。14歳といえば、まだ中学2年生の時です。先ほども言いましたが、勉強より漫画を描くのが好きだったそうなので、彼女にとっては天職だったのかもしれません。
中学3年生で漫画家デビュー
翌年の「月刊ガンガンWING」に掲載された「CALLING -コーリング」という作品で藤原ここあはデビューを果たしています。中三の時でした。
ドラマCDでは脚本も担当
藤原ここあは、その後も数多くの漫画作者として作品をこの世に出していきました。また、ドラマCDの脚本を担当するなどの活動もしています。ドラマCDとは、音声だけのドラマのことです。
彼女が作った作品「かつて魔法少女と悪は敵対していた。」のドラマCDも手がけており、他の作品のキャラクターソングの作詞もしていました。
漫画家は、絵を書いていればいいのではなくストーリーも考えなければいけません。小さい頃から漫画家を夢見て育った彼女は独特の世界観で多くのファンを魅了するストーリーを書く能力もあったのでしょう。
ガンガン系とは?
ガンガン系とは、マイナーで、どちらかといえばオタクや萌え系の漫画を表す言葉として使われているようです。
具体的にいえば、「少年ジャンプ」や「リボン」のようなメジャーな漫画雑誌ではなく、ある企業(スクエアエニックス)がスポンサーとなって、展開されている漫画作品のことを「ガンガン系」と言うようです。
エニックスとは、ゲームソフトの会社で、ゲームに出てくるキャラクターと連動した漫画作品を売り出したりしていました。作品をゲーム化することに関して社内で反対意見が上がり対立するなどの騒動もあったようです。
月刊少年ガンガンは、スクエアエニックスが発行する人気雑誌ですが、ここに連載されていた作品には、「鋼の錬金術師」と言うメジャーなものもあります。
漫画評論家には見向きもされていないガンガン系の漫画ですが、今までに認められた作品はたくさんあるようです。
藤原ここあの画像を紹介
【ネタバレ注意】ドラマCD化記念落書きその②妙なお菓子のせいでおかしくなった参謀さんと白夜のシーン。本編ではあんまり見れない攻め攻め参謀さんが見れ(聴け)ます。#まほあく #まほあくCD pic.twitter.com/RBCDvcURRs
— 藤原ここあ☆2巻発売中☆ (@cocoafujiwara) February 25, 2015
ここで、藤原ここあさんご本人の画像を紹介したかったのですが、ネットでは作品のみの画像のみ掲載されていたため、漫画作者としての作品を掲載させていただきます。
藤原ここあの死因は?
次は藤原ここあの死因について探っていきましょう。突然この世を去ったのは、病気が原因だったのでしょうか。
2015年に死去
藤原ここあは、2015年3月31日に亡くなりました。31歳でした。この訃報は、2015年4月8日に「月刊ガンガンJOKER公式ウェブサイト」で報告されました。
彼女はそれまで、ツイッターで情報発信しファンともやり取りをしていました。その時の様子は全く普通であったことから、死亡のニュースは驚きを持って迎えられました。
死因は病死と発表
ただし、死因についての詳しい情報はなく、「死因は病死」とだけ発表されました。ハッキリしない情報に周りからは、「本当の死因は何だったのか?」と憶測が流れ始めます。
死去した時も連載中だった
藤原ここあは、ブログやツイッターで漫画作品の情報を発信していました。突然死去した時も、漫画作品の連載中だったと言います。続きを楽しみにしていたファンはガッカリしていたそうです。
葬儀は近親者のみで行われた
藤原ここあの告別式は近親者のみで行われました。いわゆる「密葬」です。ファンへの公式発表は、葬儀が終わった後に報告される形となったのです。
藤原ここあの死因と考えられる病気とは?
突然の訃報で、死因の詳細が解らずじまいだった藤原ここあの死亡に関しては、様々な憶測が流れていました。一体死因は何だったのでしょうか。考えられる病気について見ていきます。
うつ病
一つ目は「うつ病」説です。いわゆる精神の病に犯され突発的に亡くなってしまったのでは(自殺?)との説が有力候補に挙がっています。
漫画家は自宅にこもりきりになることが多く、人との交流もあまりありません。また、ネットの世界との繋がりが深いので、2チャンネらーに叩かれることもあるようです。
実際、彼女もネットでかなり叩かれていたようで、落ち込む様子も見られたのだそうです。うつ病だとしたら、受診などでサポートを得られれば何とかなったかもしれませんが、残念ですね。
急性疾患
続いては、急性疾患説です。彼女はSNSを通じてファンと交流を持っていました。しかし、闘病している様子がなかったことから、病気だとしたら慢性のものではなく、突発的な急性の病気で亡くなったのでは?と言われているのです。
若い人でも死に至る急性の病気は確かにあります。くも膜下出血や、致死性の不整脈などです。しかし、もし急性疾患だとしたら病名を公表するのが自然なため、この説はあまり当てはまらないのでは?と考えるのが妥当かもしれません。
自殺
一番考えられる原因は「自殺」です。若い世代の死因で一番多いのが「自殺」です。もっと低年齢になると、事故死などもあがりますが、彼女は31歳だったので自殺の可能性が高いのではないでしょうか。
自殺だとすれば、家族も死因を公表するのは控えるでしょうし、納得がいきます。自殺をする前段階として「うつ病」などの精神疾患もありますが、うつ病の場合は医師にかかっていないと病名がつきません。
世の中には病院にかかっておらず、知らない間に精神を病んでおり突発的に自殺するケースもあります。在宅中心の仕事やストレス発散場所のない環境で死を選んでしまうことは十分に考えられるでしょう。
藤原ここあの主な代表作
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— 藤原ここあ☆2巻発売中☆ (@cocoafujiwara) February 21, 2015
ここからは藤原ここあの主な代表作について紹介していきます。
妖狐×僕SS
「妖狐×僕SS」は、いぬぼくシークレットサービスと言い、「月刊ガンガンJOKER」に連載されていました。
メゾン・ド・章樫(あやかし)と言う高級マンションに住むことになった人々のストーリーです。このマンションは最強のセキュリティーを誇ります。しかし、実は妖怪の「先祖返り」が住むマンションだった。と言う設定です。
この作品は大変人気が高く、他の雑誌に特別編が掲載され、単行本は累計400万部以上にもなりました。テレビアニメ化もされたこの作品は「犬ボク」「イヌボク」として親しまれてきました。
わたしの狼さん
2回目の命日(3回忌)の今日。
— しぐれ◢͟│@MHWIB (@voice_sleeep) March 31, 2017
やはり大好きな作風だったので、ここあ先生を思い出すと涙も出ます。。
心に残る作品を本当に有難うございます。
#藤原ここあ #わたしの狼さん #dear #いぬぼく pic.twitter.com/45wlOyLepQ
「私の狼さん。」も、「月刊ガンガンWING」で連載されていた作品です。魔王を倒すべく城に乗り込んだ主人公が、魔王にベタ惚れされてしまい、魔王をやめると言いだして・・と言うお話でした。
かつて魔法少女と悪は敵対していた
久々に読みたくなったから買っちゃったぜ!!
— Ken (@totaleclipse0) April 23, 2019
#藤原ここあ#かつて魔法少女と悪は敵対していた pic.twitter.com/Evamqwddah
かつて魔法少女と悪は敵対していた。は、「月刊ガンガンJOKER」にて2013年から2015年まで連載された作品です。
略称は「まほあく」で、累計40万部を超えるベストセラーになりました。この作品の連載途中に藤原ここあは死去していますが、今も人気の漫画となっています。
藤原ここあが生きてる時に残したツイートを紹介
ずいぶんご無沙汰しております…。実は引っ越しを明後日に控えておりまして、プライベートがてんてこまいです。しかしJOKERは発売しておりますー今月は悪の組織中心です。出番少ない割には何故か人気のスピカちゃんも結構でております pic.twitter.com/I0SYW9bm4V
— 藤原ここあ☆2巻発売中☆ (@cocoafujiwara) March 25, 2015
藤原ここあは、死亡する前に引越しを予定していたそうです。「引越しを控えてプライベートがてんてこまいで・・」とツイートしているのが死亡の6日前のことでした。
引越しは、実家の引越しのことのようですが、実家に住みながら仕事場と往復していたのでしょうか。いずれにしても、このツイートを見る限りでは、自殺を考えていたとは思えませんね。
藤原ここあの漫画はファンの心に残り続ける
ここあさん大好きです!!
— 蛍@プリライ5th余韻 (@hotaruuuuuuu78) April 8, 2015
名作ありがとうございました!😂😂😭#藤原ここあ先生今までありがとう #ここあ先生に届け皆の思い pic.twitter.com/EJBOasYL9X
いぬぼく作家としてファンの人気を集めていた、藤原ここあさんの死因や経歴について調べました。今も、彼女の漫画はファンの心に残り続けています。ご冥福をお祈りします。