高山正樹の現在や生い立ち!仙台女児連続暴行事件の犯人や被害者のその後
仙台女児連続暴行事件を知っていますか?犯人の高山正樹は無期懲役判決を受けて現在も服役中です。高山正樹の卑劣な犯行には日本中が震撼、怒りに震えました。高山正樹の生い立ちから現在の状況。事件の概要や裁判についても調べてみました。最後までぜひお読みください。
目次
「仙台女児連続暴行事件」とは?
仙台女児連続暴行事件とは、2000年に発覚した宮城県仙台市の女児への連続暴行事件です。2000年宮城県仙台市内では女児強姦事件が多数発生、被害届が出ているものだけでも60件以上に及んでいました。警察は犯人が同一と見て捜査を開始していました。
日本の性犯罪史上類を見ない卑劣かつ凶悪な犯行であり、最高裁での判決も前例と比較すると極刑とも言える無期懲役判決を言い渡されています。無期懲役判決は軽いという声が未だにある凶悪事件です。
宮城県仙台市で起きた女児を狙った最悪な事件
仙台女児連続暴行事件の被害者は3歳から10歳までと年齢は様々ですが皆年端も行かぬ幼女でした。警察が単独犯とマークするまでに少し時間がかかりましたが、犯行エリアや被害者が皆幼女だったことから単独犯と断定、捜査を進めました。
数件の目撃証言もあり、おおよその犯人像は警察でもついていました。その犯人像を元に事件が起きたエリアを捜索中、犯人を特定することができました。
犯人「高山正樹が」起こした許しがたい犯行
犯人は「高山正樹」という当時26歳の男性でした。被害者の女児は当時3歳から10歳、「猫を探して」などと声をかけてマンションの踊り場などの人気のない所へ誘い強姦、わいせつ行為を働いたのです。
更に高山正樹は犯行を撮影、被害者にはあまりに幼いため強姦による子宮破裂を起こした女児もいました。人工肛門になった女児もいるといいます。高山正樹は被害者に「喋ったら殺す」などと口止めまでしていました。
襲った女児は100人以上
高山正樹が襲った被害者の女児は総勢100人以上だと推測されています。逮捕後の家宅捜索等で物的証拠が次々発見され、その物的証拠から推測された数字です。日本の犯罪史に残る被害者の多さと卑劣な犯行は許しがたいものです。
高山正樹は3歳くらいの幼女から小学校高学年くらいの女児を狙って犯行に及んでいました。性の意味も知らない、抵抗もできない女児を狙った事に高山正樹の卑劣さが際立っています。
女児45人の犯行の様子をビデオ撮影
高山正樹の逮捕後、警察の家宅捜索によって45名の被害者を強姦(または強姦未遂)する様子が撮影されたビデオが見つかっています。撮影された被害者だけで45名なので余罪を考慮して警察は100人以上被害者がいることを推測したのです。
被害届は60件以上出ていたとのことなのでこの推測はおおよそ正しいと言えるでしょう。100人以上の女児を襲い強姦、または強姦未遂を繰り返したとは恐ろしい限りです。まさに鬼畜の所業です。
被害女児への卑劣な口止め
高山正樹は被害者の女児に「喋ったら殺す」と脅迫して口止めをしています。年端も行かない被害者を強姦した上、殺すなどと恐怖心を植え付けて口止めを迫るなど非常に悪質で卑劣な犯行です。人間性に問題があると言わざるを得ません。
高山正樹の性的関心が幼女に向いていた事に加えて、抵抗の少ない幼女を狙った事も口止めがしやすく犯行を完遂しやすいという狙いもあったのではないでしょうか。高山正樹の判断能力は問題なく、正常であった証拠と言えるでしょう。
犯人「高山正樹」の逮捕の経緯
高山正樹の逮捕の瞬間はテレビでも放映されました。単独犯と断定していた警察は強姦事件が起きたアパート周辺を張り込み、不審人物を発見しました。それが仙台女児連続暴行事件の犯人・高山正樹でした。警察は高山正樹を緊急逮捕しています。
緊急逮捕時のやり取りはネット上でも紹介されています。被害者数の多さや犯行内容の残酷さに世間の注目も集まっていました。高山正樹は逮捕直前まで警察に対して激しい抵抗をしています。自身の罪状への認識もしっかりとあったのでしょう。
張り込みをしていた警察官に職務質問を受ける
警察は目撃情報を元に張り込みを開始、強姦事件が起きたアパート周辺で不審人物を発見しました。目撃情報によく似た男性(高山正樹)が何かを物色していたのです。高山正樹は警察に友人に会いに来たと答えましたが、部屋番号等は答えませんでした。
名前も名乗らない不信さに緊急逮捕
警察は高山正樹を職務質問しましたが、自身の名前も名乗らずコンビニエンスストアへ助けを求めて逃げ込むなどしました。警察はあまりの不審さに任意同行を求めますがこの際も抵抗して「ついていく理由がない」などと話しました。
「警察に不信感がある」などと話して、「弁護士に連絡する」など非常に動揺した受け答えの様子が見られました。警察はあまりの不審さ高山正樹を強制わいせつ容疑で緊急逮捕しました。
犯人「高山正樹」の生い立ち
このように卑劣な犯行ができる犯人はどのような生い立ちなのか、高山正樹の生い立ちに注目が集まりました。高山正樹はどのような生い立ちを送って仙台女児連続暴行事件を起こす人格形成に至ったのでしょうか。
裁判では生い立ちが情状酌量の判断材料として考慮されることもありますが、高山正樹の生い立ちを見るにいじめを受けた以外は同情すべき生い立ちは見つかりません。
父親は中国人
高山正樹の生い立ちを調べると、まず出てくるのが高山正樹はハーフであるという事です。高山正樹の父親は中国人シェフで日本人の母親と出会い結婚しました。その間に生まれたのが高山正樹です。
中国人の父親は逮捕後、被害者への賠償金を支払う姿勢を見せるなど息子や被害者の為に努力をされていました。
少年時代はハーフを理由に虐められる
更に生い立ちを調べると、高山正樹は少年時代はハーフであることが理由で虐められていました。幼少期にどんな思いをしていても強姦などの犯行を肯定する理由にはなりません。裁判でも情状酌量に生い立ちは考慮されていません。
犯行時は母親の生命保険で暮らす
高山正樹のさらなる生い立ちを調べると、いじめを受けて育ち、次第に家庭内で暴力をふるうようになっていました。犯行当時、高山正樹は母親に保険金をかけてはそれを巻き上げ、独り占めするという生活を送っていました。実の親にもひどい仕打ちをしています。
高山正樹は定職にもつかずに親の保険金を食いつぶして生活していたのですね。家庭環境についての詳細情報はありませんが、親に対してもこの仕打ち。高山正樹の人間性には本質的に異常な部分があったと言えるでしょう。
逮捕後の高山正樹の腐った言動
逮捕後、高山正樹の発言は聞くに耐えない言動が多く見られました。無期懲役判決は本人の更生可能性などを見て減刑されることもあります。しかし高山正樹の発言は更生の可能性を感じさせない、反省の様子の見えないものとなっています。
高山正樹は一審では余罪をあっさりと認めていたものの、二審で証言をひっくり返して精神分裂病を犯行の理由としています。犯行の計画性や、逮捕当時の様子を見ても詐病であるのは誰の目にも明らかでした。
心神耗弱を装い減刑を主張
高山正樹は逮捕後「ボイスチェンジャーの幻聴が聞こえる」などと供述しました。わざと車椅子で現れて「歩けない」などと発言、心神耗弱を装い減刑を主張しました。自身の罪を認めず詐病を使って減刑を主張したのです。
弁護側も精神分裂病などの精神疾患を主張、なんとか減刑しようとしていました。高山正樹は犯行時リュックにビデオカメラやローションを準備し、計画的に犯行を行なっており正常な判断能力はあったと思われます。
他の受刑者の証言による鬼畜さ
他の受刑者の証言からも、高山正樹の鬼畜にも劣る発言が証言されています。高山正樹のあまりの発言に言葉もありません。下記に元受刑囚が聞いた高山正樹の発言を紹介します。
”高山正樹の精神状態は素人目にもひどいように見えました。 糞尿を垂れ流すこともあり、その汚物はマスク、手袋をした掃夫が処理していました。 もちろん掃夫も受刑者です。私ははじめこの男を「完全にイカれたしまったかわいそうな受刑者」 だと思っていました。しかし、しばらく観察しているうち、奇妙な点に気づきました。
高山は担当が目を離している間は何もないのに、彼らの足音が聞こえて来ると思い出したように 手を震わせ、うわごとをつぶやき始めるのです。 一度高山は私に「早く病院に行きたいなあ…」と言ったことがあります。 「ここが病舎でしょう」と言うと「ここじゃなく街の精神病院に行きたい」というのです。
高山は完全に狂ってはいません。重い精神疾患を装って、一般の精神病院に移り、あわよくば 無期刑の執行停止を願っているのです。救いは高山の詐病に医務の人間も気づいているフシがあることです。
病舎ではテレビも見ることができます。私と高山ともう1人の3人でNHKの旅番組を見ていたとき、 そこに小さな女の子が映りました。まだあどけない小学校低学年くらいの児童です。 その時、画面を見ていた高山が何やら異様な言葉を発しました。 「ああ〜サシてえ〜」。私はその時、身も凍る思いでした。”
サすというのは挿入したいという意味です。あまりの様子に言葉を失います。逮捕後は余罪を素直に認めましたが、現在も高山正樹は詐病を装い無期停止を望んでいるようです。
「仙台女児連続暴行事件」の裁判
仙台女児連続暴行事件の裁判は2002年3月から行われ、無期懲役判決が下されました。高山正樹は判決を不服として、精神病を理由に上訴しましたが2004年5月に最高裁で無期懲役判決が確定しました。
死亡者がいない性犯罪で前科がない人間は無期懲役となるのは極めて異例の判決でした。それだけ仙台女児連続暴行事件が卑劣かつ凶悪な犯行だったことの証明とも言えるでしょう。
起訴内容
仙台女児連続暴行事件の裁判は1999年3月10日から200年8月1日にかけて仙台市内の3歳から10歳の女児11人に対して強姦をしようとしたとして4件の強姦未遂、5件の強制わいせつ、2件の強姦致傷事件で起訴されました。
被害総数と推定される100件から見ると非常に少ない件数に見えます。第一審では高山正樹は余罪も認めていますが、第二審からは一転心神耗弱を装っています。
高山正樹への判決は無期懲役
高山正樹は心神耗弱を装い、ボイスチェンジャーの声が聞こえるなどと発言して精神病を理由に減刑を狙っていましたが、裁判官はこれを認めず無期懲役判決を言い渡します。判決を不服として上訴しましたが2004年に最高裁で無期懲役が確定されました。
裁判中検察側は「犯行はおぞましいの一言につき、鬼畜にも劣る」と高山正樹の犯行を糾弾しました。高山正樹に前科がないことや年齢を考慮しても、無期懲役が相当との判決が下されました。
犯人「高山正樹」と被害者のその後
高山正樹は無期懲役判決後、現在に至るまでどのように過ごしているのでしょうか。また仙台女児連続暴行事件の被害者の女児は現在どのように暮らしているのでしょうか。
高山正樹の逮捕、収監がなされても無期懲役は仮出所の可能性もあります。被害者たちは現在も過去のトラウマに苦しんでいるのではないでしょうか。
高山茂樹の現在
高山正樹は現在も刑務所で服役中です。先ほど紹介した元受刑者の証言からも分かるように、今も精神病を装って早期釈放や精神病等への移送を試みているようです。無期刑の執行停止を狙って詐病をしています。
元受刑者の証言から医務の刑務官も詐病に気づいているようなので、無期刑の執行停止は難しいと思われますが、これほど凶悪な犯罪者なので騙されずに停止などという処遇は考えものです。
被害者の心と体の傷
仙台女児連続暴行事件の被害者は当時また年端も行かぬ子供でした。被害者の中には股関節が傷つき歩行障害になった方、子宮破裂や大腸破裂を起こした被害者もいました。心のみならず体にもひどい傷を負わされているのです。
被害者についてはプライバシーもあり、現在の情報は出てきませんがとにかく怖かったでしょうし、現在も悪夢を見るかもしれません。本当に許しがたい犯行です。
無期懲役という刑の軽さ
無期懲役と言う刑は現在は最低30年受刑すれば仮出所が出来るそうです。また、高山正樹が装っている精神病の詐病が認められれば無期の停止も可能です。被害者の女児に凶悪な犯行をして一生心や体に残る傷をつけた代償としては軽すぎとの声もあります。
判例上は例を見ない判決ではありますが、日本国内の性犯罪への刑罰は軽すぎる傾向にあります。性犯罪は出所後の再犯率も高いため、仮出所の可能性がある無期懲役という刑罰は高山正樹には軽すぎる判決とも言えるでしょう。
許しがたく卑劣な犯行!性犯罪が減ることを祈る
ここまで高山正樹の事件仙台女児連続暴行事件を調べてきましたが、どのように感じたでしょうか。怒りを感じた方も多いのではないでしょうか。犯人の高山正樹は逮捕され、現在も服役中ですが、被害者たちは心や体の傷を抱えて今も生活しているのです。
被害者の証言で「2度と出てこないで」「消えて欲しい」と犯人に向けてメッセージを送っている女児もいました。本当に正直な気持ちだと思います。現在も出所が怖いと感じているでしょう。
このような卑劣な犯罪が2度と怒らないことを強く願います。最後までお読みいただきありがとうございました。