浜木綿子の若い頃から現在!息子は香川照之!宝塚女優が旦那と離婚した理由は?
宝塚女優の浜木綿子の若い頃や現在の仕事、プライベートについて調べて見ました。宝塚女優の浜木綿子をご存知ですか?彼女の息子は香川照之で親子共々活躍しています。この記事では宝塚女優である浜木綿子が、旦那と離婚した理由についても深掘りしています。
浜木綿子の今が気になる!
宝塚女優の浜木綿子をご存知ですか?浜(はま)木綿子(ゆうこ)と呼びますが、これは芸名で本名は香川阿都です。若い人はこれだけでは分からないかもしれませんが、浜木綿子は有名な女優です。83歳とは思えない若々しさで今も女優業を続けています。
そして、本名の「香川」という名字から想像がつくとおり、彼女の息子は香川照之です。親子共々芸能人として活躍していることになります。
この記事では宝塚女優である浜木綿子の、愛憎劇に巻き込まれた大変な半生と、その発端となる元旦那とダブル不倫の愛人についても深掘りしていきます。
浜木綿子とは?
はじめに浜(はま)木綿子(ゆうこ)の基本情報からお伝えしていきます。浜木綿子は現在83歳になっています。
浜木綿子のプロフィール
本名 | 香川 阿都子(かがわあつこ) |
生年月日 | 1935年10月31 |
現在の年齢(2019年現在) | 83歳 |
出身地 | 東京都目黒区 |
血液型 | B型 |
活動内容 | 女優 |
所属グループ | - |
所属事務所 | - |
主な作品 | 宝塚:雪組のトップ娘役 ドラマ:監察医・室生亜季子 |
浜木綿子の本名は「香川 阿都子(かがわあつこ)」です。1953年生まれの現在83歳で女優をしています。女性は高齢になればなるほど若さに差がついていく傾向がありますが、浜木綿子は80を超えても若々しい印象です。さすが宝塚出身ですね。
浜木綿子は、東京都目黒区で生まれましたが、その後転居し中高は大阪府の豊中市梅花中学高等学校です。豊中市梅花中学高等学校は、女子教育に力を入れているミッションスクールで宝塚への合格者を多数出しているところです。
豊中市梅花中学高等学校に入学したことが、タカラジェンヌとしての人生のきっかけになったことは間違いないようです。
浜木綿子の経歴
では、中学高校を卒業後の浜木綿子の経歴を見ていきましょう。浜木綿子は、本名のあつこ、から「アツコ」の愛称で呼ばれていました。当時から彼女のダンスや歌の才能はたぐいまれなるものだったようです。
1953年に宝塚歌劇団に入団
1953年に宝塚音楽学校から歌劇団に入ります。入団時の成績は64人中3位とかなりの上位にいたそうです。歌や踊りの才能は遺伝的な要素も関係します。
どんなに頑張っても、歌と踊りが大好きでも才能が豊かな人にはかないません。浜木綿子は素質があり更に音楽学校で、その才能が花開きました。宝塚劇団時代の代表作は「華麗なる千拍子」
宝塚歌劇団でも、その高い演技力が認められ雪組のトップにのぼりつめました。雪組では娘役として活躍しました。その後、宝塚歌劇団を退団する事になります。
1961年に退団し舞台女優に転身
1961年に宝塚歌劇団を退団したあとは、当方現代劇と契約し舞台女優として活躍します。1962年の「悲しき道具」では、「文化庁芸術祭奨励賞」を受賞、1973年の「湯葉」では「ゴールデン・アロー賞演劇部門賞」を取るなど才能を発揮しました。
浜木綿子は、歌と踊りもさることながら歌劇団時代から演技力を特に高く評価されていました。舞台女優だけでなくテレビドラマからもオファーが来るようになります。
1980年代から2時間ドラマの女王へ
演技力で定評があった浜木綿子は、1980年代から2時間ドラマに数多く出演するようになります。舞台女優の場合は、観客も限られまずがテレビ放送ではあっという間に大衆の認知度が高まります。
ドラマに出始めてからの浜木綿子は、さらに人気者になります。ドラマの中の代表作は「女保険調査員」のシリーズ、「女監察医・室生亜季」や「おふくろ」のシリーズなどが特に視聴率が高く、おふくろシリーズは、第三回の「橋田賞」を受賞しました。
浜木綿子の若い頃の画像を紹介
ここで、浜木綿子の若い頃の画像を紹介しましょう。浜木綿子は、歌や踊りや演技力だけではなくその美貌でもファンが大変多かった女優です。
あでやかな笑顔で気品とオーラが漂っています。ちょうどこの時代と現在のファッションが回帰しているからでしょうか。お化粧の仕方や髪型、お洋服などを見ても現在この様な女性がいても古さを感じさせません。
浜木綿子の旦那や子供は?
ここからは、浜木綿子のぷらいべーとについて迫っていきたいと思います。浜木綿子の元旦那は「三代目市川猿之助 」子供は俳優の「香川照之」です。
浜木綿子は香川照之が幼い頃に離婚をしています。離婚に至るまでの苦悩は大変だったそうです。離婚の原因は夫の浮気です。どんな壮絶な過去があったのでしょうか。
元夫は三代目市川猿之助
浜木綿子は、1965年に歌舞伎俳優「三代目市川猿之助(現在:二代目市川猿翁)」と結婚しました。同じ年の12月に息子を出産します。息子は有名な俳優香川照之です。
浜木綿子は、女優としても活躍していた上に息子にも恵まれプライベートでも順風満帆な人生をあゆみはじめました。ところが、夫である「市川猿之助」の裏切りにより多大なる苦痛を味わうことになるのです。
離婚の原因は?
浜木綿子と結婚し息子をもうけた3代目市川猿之助ですが、息子が一歳にもならない内に不倫に走ります。
その不倫相手というのが、驚くことに自分の踊りの師匠の奥さんでした。今でいうW不倫になります。不倫相手の名前は「藤間紫」日本舞踊藤間流紫派家元で市川猿之助より16歳も年上です。
市川猿之助は12歳の時に踊りの師匠「六世藤間勘十郎」の妻である「藤間紫」に恋をしてしまい、忘れられなかったのだそうです。その思いを断ち切るために浜木綿子と結婚したのでした。
息子は香川照之
しかし、浜木綿子と結婚しても、藤間紫の事が忘れられずW不倫に走ります。香川照之が生まれてすぐに駆け落ちをして家を出ていってしまったのです。浜木綿子は当時大変辛くて相手の女性が憎くて仕方がなかったのだそうです。
踊りの師匠である16歳も年上の人妻を忘れられなかったとは、驚きですがその後二人は同棲という形で連れ添い正式に結婚もしています。浜木綿子と正式に離婚したのは1968年です。
その後浜木綿子は、女手一つで香川照之を育て上げました。香川照之も母の愛に応えるように優秀な子供となり東大に合格します。現在は俳優と歌舞伎役者、実業家としても活躍しています。
香川照之の経歴
香川照之のプロフィール
本名 | 香川 照之(かがわてるゆき) |
生年月日 | 1965年12月7日 |
現在の年齢(2019年現在) | 53歳 |
出身地 | 東京都 |
血液型 | AB型 |
活動内容 | 俳優・歌舞伎役者 |
所属グループ | - |
所属事務所 | ロータス・ルーツ |
主な作品 | るろうに剣心・七つの会議 救命病棟24時・半沢直樹 |
香川照之は、俳優で現在は歌舞伎役者でもあります。浜木綿子と三代目市川猿之助との間に出来た息子で離婚後は母に引き取られました。東大に進学し「林修」とは同期です。香川照之は1989年のNHKの大河ドラマ「春日局」でデビューします。
その時は安土桃山時代の大名である「小早川 秀秋」役を務めました。その後も映画に出演、大河ドラマで豊臣秀吉役を演じると認知度が急速にアップしました。ところが2011年に急に九代目「市川中車」を襲名し歌舞伎役者としての道を歩み始めました。
歌舞伎役者になったのは、父「三代目市川猿之助」と和解したことがきっかけだったのだそうです。浜木綿子自身は元旦那の三代目市川猿之助の事は未だに許していませんが、息子の申し出については認めているのだそうです。
浜木綿子の現在は?
浜木綿子の現在の活動状況はどうなっているのでしょうか。大女優の現在について見ていきましょう。
2007年からドラマ出演はなし
宝塚女優としてドラマで大活躍だった浜木綿子ですが、2007年からはドラマには出演していません。
舞台公演やCMで活躍中
ドラマには出ていませんが、舞台公演やCMには出演しています。また、「典雅きもの学院」の名誉理事長にも就任しています。
最近の舞台は2016年の喜劇:極楽町一丁目 -嫁姑千年戦争:で、主役の典子役を演じています。
CMは岩谷産業(家庭用ガス器具販売)のイメージキャラクターとして長い間出演しており、息子の香川照之とも共演したこともあったそうです。
浜木綿子は一流女優で強い女性だった
宝塚女優「浜木綿子」の若い頃から現在を紹介しました。息子の香川照之や、元旦那と離婚した壮絶な理由についても紹介しました。
女優としての才能に恵まれた「浜木綿子」ですが、プライベートでは元夫の裏切りに合い辛い思いをしていました。
それでもめげずに息子である香川照之を育て上げ、今も活躍している強い女性と言う事も分かりました。歌舞伎役者として名乗りを上げた息子香川照之と共に今後も頑張ってほしいと思います。