小島慶子の夫(旦那)は誰?オーストラリアに移住!今の暮らしを紹介

小島慶子は、元TBSアナウンサーで現在はエッセイストなど幅広いジャンルで活躍しています。彼女は結婚し夫と子供でオーストラリアに移住しています。小島慶子の家族が移住する理由は何だったのでしょうか?また、夫はどんな人なのでしょうか。現在の暮らしぶりを紹介します。

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目次

  1. 1小島慶子と夫は今どこで何をしているの?
  2. 2小島慶子とは?
  3. 3小島慶子の経歴
  4. 4小島慶子の夫はどんな人?
  5. 5現在の結婚生活は?
  6. 6オーストラリアのパースってどんな街?
  7. 7オーストラリア移住はうまく行っているの?
  8. 8現在もオーストラリアに住み続ける理由は?
  9. 9小島慶子の家族は苦楽を共に頑張っていた

小島慶子と夫は今どこで何をしているの?

小島慶子は、元TBSアナウンサーでラジオ番組のパーソナリティーとして人気を得てきました。現在はTBSからは離れ、タレント、エッセイストなど幅広いジャンルで活躍しています。

彼女は結婚して現在は夫と子供でオーストラリアに移住しています。小島慶子の家族がオーストラリアに移住する理由は何だったのでしょうか?また、夫はどんな人なのでしょうか。現在の暮らしぶりを紹介します

小島慶子とは?

はじめに、小島慶子とはどんな人なのか基本的な情報からお伝えしていきます。小島慶子はハーフなの?との噂もありますが本当なのでしょうか。

小島慶子のプロフィール

本名 小島慶子(こじまけいこ)
生年月日 1972年7月27日
年齢(2019年現在) 47歳
出身地 オーストラリア(パース)
国籍 日本
活動内容 エッセイスト・タレント
ラジオパーソナリティ
所属事務所 オスカープロモーション
主な出演番組 小島慶子 キラ☆キラ
小島慶子のオールナイトニッポンGOLD

小島慶子は、オーストラリアのパースで生まれました。1972年7月27日生まれで現在は47歳になります。

彼女は父の仕事の関係で、小学生時代の大半をシンガポールや香港などの海外で過ごし、日本に戻ってからは日本の大学を卒業、TBSに入社しています。

TBS時代はアナウンサーというよりも、ラジオ番組のパーソナリティーを務める事が多くリスナーからの人気を得ていました。現在はTBSを退職し、タレントやエッセイストとして幅広く活躍しています。

小島慶子はハーフなの?

小島慶子は、海外生まれで彫の深い顔立ちやスタイルから「ハーフでは?」と思われる事もあるようです。しかし、父も母も日本人で小島慶子はハーフではありませんでした。国籍も日本人となっています。

小島慶子の経歴

続いては、小島慶子の経歴を掘り下げてみてみましょう。TBS時代はどんな活動をしていたのでしょうか。

幼少期は海外で暮らしていた

小島慶子の父は、商社マンだったため家族で海外生活を続けていました。出身地は当時の父の転勤先のオーストラリアのパースでした。

小島慶子は夫と子供と共に現在もパースに住んでいますが、移住先に選んだのも幼い頃の貴重な体験と良さを実感したからなのだそうです。

学習院大学法学部を卒業

日本に戻ってきた彼女は日野市の小学校から学習院中等部・高等学校へと進み、学習院大学法学部を卒業しています。

15歳のときに摂食障害になったそうですが、その理由は「母との確執」があったからなのだそうです。小島慶子には9歳年上の姉がいますが、姉が結婚で家を出たあとに「母の関心が自分だけに向かう恐怖」を感じたのがきっかけとのことでした。

1995年にTBSに入社

大学を卒業してから、1995年にTBSに入社します。TBSが移転後の最初のアナウンサーで身長が高かった(172㎝)ことから、小倉弘子とともに「TBSのツインタワー」と言われていたそうです。

ラジオ番組の人気パーソナリティーに

TBSに入社してからは、「世界・ふしぎ発見!」のミステリーハンターや報道番組にのナウンサーとして出演していましたが、1998年の秋、ラジオ番組の「BATTLE TALK RADIO アクセス」の初代ナビゲーターに抜擢されました。

小島慶子はこの番組で「第36回ギャラクシー賞・DJパーソナリティー部門賞」を受賞しています。中学時代からラジオのヘビーリスナーだった彼女は、無意識にラジオパーソナリティーの仕事に憧れを抱いていたようです。

2010年にTBSを退社し独立

TBSで活躍をしていた彼女は、以前から独立を考えており2010年にTBSを退社することとなりました。動機は幅広い分野で仕事をしたい、ということでした。

その後は、TBSの関連会社から現在のオスカープロモーションに移籍しています。2013年にはオールナイトニッポンのパーソナリティーに抜擢され「昔聴いていたオールナイトニッポンのパーソナリティーに慣れるのは光栄です」と話しています。

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小島慶子の夫はどんな人?

小島慶子は28歳のとき(2000年)に結婚をしています。夫は一般人とのことで詳しい情報はありませんが、どんな人なのでしょうか。

製作会社でディレクターをしていた

小島慶子の夫は、番組制作会社でディレクターをしていたのだそうです。小島慶子はTBSに入社後3年目で「世界ミステリーハンター」のハンター役に抜擢され、海外ロケ中心の仕事をしていました。

夫と知り合ったのは、ミステリーハンターの海外ロケ中でした。その番組を演出していたのが現在の小島慶子の夫なのですね。

夫の名前や年齢は?

小島慶子の夫は「本郷幸高」さんと言います。「世界・ふしぎ発見!」の総合演出家を手掛けていた方です。小島慶子が、ミステリーハンターの海外ロケで夫と知り合ってから3年後の、2000年に結婚をすることになりました。年齢は分かっておりません。

子供が二人いる  

小島慶子は30歳のときと、33歳のときに、お子さんを出産しています。二人とも息子さんで16歳と13歳になります。海外移住を決めたときも嫌がることはなく、オーストラリア生活にも馴染んでいるようです。

現在の結婚生活は?

2000年に結婚しお子さんにも恵まれた小島慶子ですが、現在の結婚生活はどのようなものなのでしょうか。

2014年に一家でオーストラリアに移住

小島慶子と夫、そして息子二人は2014年に一家でオーストラリアへの移住生活を始めました。きっかけは夫が25年間勤務した制作会社をやめたことでした。

彼女自身の経験から、「子供のうちに海外で暮らし世界で生きていける力を付けてほしい」との思いがあったようで、「私が出稼ぎすれば家はどこにあってもいい。これから英語力は必要だから、英語圏に住んじゃおうか」と相談したと言います。

候補に上がったのは、小島慶子が生まれた町「パース」でした。留学や教育移住している人も多いことが分かり、下見で旅行に行くと夫も2人の息子もパースをとても気に入ったことから移住を決めたそうです。当時は長男が6年生、次男が3年生でした。

夫は退職し専業主夫に

2013年に夫は小島慶子に退職の相談を持ち掛けました。「会社を離れてのんびりしたい」との夫の言葉を、当初は受け入れられなかったのだそうです。その後も夫婦喧嘩の際に「稼ぎのない男なんて!」と言い放ってしまう事もあったと言います。

しかし、母からの人生観の押し付けで追い詰められた経験のある彼女は「私自身も、男性は一家の大黒柱になるべき、と洗脳されていたのでは?」と思い直します。現在は夫は専業主夫で、小島慶子の稼ぎで生活するスタイルが定着しているようです。

小島慶子は仕事で月の大半は日本へ

現在の一家の暮らしぶりですが、小島慶子は月の大半を日本へ「出稼ぎに」行く生活をしているのだそうです。

以前放送された「直撃!シンソウ坂上」の番組内では、(2019年6月は)オーストラリアにいたのは8日間だけで、22日間は日本で仕事をしていたことが明かされています。

仕事内容は、テレビやラジオの出演、イベントや公演、取材などで原稿の執筆も多数こなしているそうです。日本での仕事はかなり忙しいようですね。

オーストラリアのパースってどんな街?

パースは西オーストラリア州の州都になります。人口や規模からすると福岡の博多のような感じ、とのことです。物価は高めで、外食すると費用がかかります。通貨は、豪ドルで、1豪ドル約100円程度となっています。

しかし、パースは大都会とは違って、少し田舎風の自然豊かな街でのんびり暮らせることや、気候がよく子育てがしやすいことで、引っ越しをする人が増えているそうです。町並みは綺麗でゴミがなく障害者にも優しい仕組みが整っているのも魅力です。

オーストラリア移住はうまく行っているの?

夫と子供はオーストラリアで暮らし、一家を養うために日本へ出稼ぎにいっている小島慶子ですが、移住生活は上手くいっているのでしょうか。

夫は「今でも落ち込んでいる」

テレビ番組の密着取材で、夫は「今でも落ち込む毎日」と話していたそうです。月の大半は子供と夫だけの生活で、苦労もあるようです。

例えば、学校からのメールも英語ばかりなので理解するのに時間がかかる、面談に行っても意思疎通ができない、などです。

子供は毎日学校に行くので、慣れるのも早かったようですが、夫は知り合いもいない土地で、家で過ごす事が大半のようです。自分から積極的に仲間を作らないと孤独になってしまうのは当然かもしれません。

小島慶子も孤独と戦っていた

一方、小島慶子も孤独と戦っていたと言います。結婚して家族がいるにもかかわらず、大半は日本で一人で暮らさなければならず「寂しい」「寂し死にしそう」と漏らしています。

稼がないとやっていけない事から、「あなたが仕事を辞めなければ」と言ってしまう事もあったそうです。

現在もオーストラリアに住み続ける理由は?

苦労もあったオーストラリア移住生活ですが、現在も住み続ける理由は何なのでしょうか?それは「息子たちの未来の為」なのだそうです。

海外生活で慣れるのに大変なこともありましたが、息子たちは日本では得られにくい価値観を持ち、とっても輝いているのだそうです。子供たちは「ママがいないのは寂しいけれど、稼いでいるから」「この生活も悪くない」と認めているようでした。

小島慶子の家族は苦楽を共に頑張っていた

小島慶子の夫と、家族のオーストラリア移住生活を紹介していきました。移住してから5年目になりますが、当初よりは海外生活にも慣れてきて、何とかなってる様子です。

夫が「今も落ち込んでいる」と話していたのが少し気になりますが、なんとか乗り越えていけるといいですね。

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