巣鴨子供置き去り事件の真相!母親の実名や息子の現在やその後

巣鴨子供置き去り事件について紹介します。巣鴨子供置き去り事件というのは、どんな事件だったか覚えているでしょうか。子供が起こした事件であっても、大人の無責任が引き起こした事件だったと記憶している人もいるでしょう。真相をチェックしましょう。

巣鴨子供置き去り事件の真相!母親の実名や息子の現在やその後のイメージ

目次

  1. 1「巣鴨子供置き去り事件」とは?
  2. 2巣鴨子供置き去り事件の概要
  3. 3長男と兄弟だけの生活
  4. 4巣鴨子供置き去り事件の母親とは
  5. 5巣鴨子供置き去り事件の発覚の経緯と逮捕
  6. 6巣鴨子供置き去り事件の判決・処分
  7. 7母親を心配する長男
  8. 8巣鴨子供置き去り事件が社会に与えた影響
  9. 9巣鴨子供置き去り事件の母親の実名と現在
  10. 10巣鴨子供置き去り事件の長男のその後
  11. 11巣鴨子供置き去り事件は大人の身勝手で起きた

「巣鴨子供置き去り事件」とは?

巣鴨と聞くと、お年寄りが多くてどちらかというと安心できる街というイメージが強いでしょう。その巣鴨で、とても痛ましい事件が起きています。

1988年東京都の豊島区にて子供を置き去りにしたまま、実質育児放棄をしたために起きてしまった事件のことを巣鴨子供置き去り事件といいます。

1988年となると、もう30年以上前の事件になりますが、現在でも語り継がれている事件です。というのも、現在の社会でも考えていかなければならない内容とされる事件だからではないでしょうか。

巣鴨子供置き去り事件の概要

巣鴨子供置き去り事件を聞いたことがある人も、もう随分前の話なので記憶があやふやの人もいるでしょう。また、昭和の最後に生まれた人や、平成に生まれた人からしたら、巣鴨子供置き去り事件を聞いたことがないということも考えられます。

現在、子供への虐待や育児放棄というのは、社会問題になっています。そのため、ここで昭和という時代に起きてしまった巣鴨子供置き去り事件について詳しく紹介したいと思います。

巣鴨子供置き去り事件の概要をチェックして、今の時代にも大事な何かがあるのでは?というのを感じてください。

1973年に長男が誕生

巣鴨子供置き去り事件の被害者でもあり加害者でもある長男ですが、1973年に誕生しています。1973年に誕生したこの長男は、父親と母親にとっての1番最初の子供になります。

1973年に生まれているということは、事件が起きた1988年には14~15歳だったことになります。2019年現在では、46歳です。まだまだ若くて働き盛りの年齢と考えることができます。

父親が婚姻届けも出生届けも出さずに蒸発

なんと、1973年に生まれた長男ですが、父親が出生届けを出していなかったと言います。それが発覚したのが、1979年のことです。

長男が6歳なので小学校入学を迎える頃になります。いつまでたっても小学校入学のお知らせが来ないことを不思議に思った母親が役所を訪れたときに、父親が出生届けを出していなかったことが発覚しているのです。

また、父親は出生届だけではなく、この母親との婚姻届も出していませんでした。よって、母親は未婚の母だったということなのです。それだけでなく、この父親は1979年頃に蒸発していなくなっています。

その後父親が違う子供を5人出産

母親はその後、1981年に長女、1984年に次男、1985年に次女、1986年に三女を出産しています。この子供たちは、母親の子供で間違いないのですが、父親が違います。

また、次男ですが、生後まもなく死亡していることも確認されています。次男の死亡の原因ですが、病気とされています。

次々と子供が生まれていますが、出生届けが出されることはありませんでした。そして、母親は出産を自宅で行っていたのです。

長男が妹達の面倒を見る

妹や弟ができた長男ですが、三女が生まれたときにまだ13歳だったにも関わらず、長男が一人で妹たちの面倒を見ていました。

父親がいない中で、母親も満足に子育てをしなかったため、長男が頑張って妹たちの面倒をみるしかない状況に陥っていたのです。

母親は、ほぼ子供の面倒を見ていません。その理由を次で紹介します。

母親が恋人と同棲するために家を出る

長男がまだ13歳ぐらいの若さで妹たちの面倒を一人でみていた理由は、母親が家からいなくなったからです。母親は、自分が産んだ子供がたくさんいながらも、恋人を選んだのです。

恋人と同棲するために、子供たちを置いて家を出てしまったのです。そのため、長男が妹たちのことを見ていかなければならなくなったのです。

母親は恋人との生活を送るのに必死だったのではないでしょうか。子供がいることが自分の足かせになっていると感じていたのでしょう。

長男と兄弟だけの生活

母親が家からいなくなったことで、必然的に長男と妹たちだけの生活になります。長男には判断能力などがある年齢になっていたとはいえ、長男もまだ子供でした。

まだ子供だった長男が自分より幼い妹たちの面倒を見るというのは、特におかしいことではありませんが、その長男と妹たちだけで生活をするというのはおかしいことになるでしょう。

そのおかしな生活というのを、長男と妹たちは送っていたのです。それをさせたのは母親であり、子供たちの父親でもあります。どんな生活だったのかをより詳しくみていきましょう。

母親の仕送りで生活

まず、生活をするには子供だけといってもお金が必要になります。そのお金は、母親が仕送りしていたものになります。仕送りといっても、多くのお金を送っていたのではなく、数万円送っていた程度です。

最初は、家にまとめてお金を置いていたそうですが、その金額もどんどん減っていき、最終的には2万円や3万円を郵送してくる状態になったというのです。子供がたくさんいて2万円や3万円ではやっていくことができません。

食べることも難しく、いつもお腹をすかせていたのではないでしょうか。次第に電気や水道というライフラインも止められてしまうことになるのです。

たまにしか顔を見せない母親

母親は、自分が産んだ子供たちがどうしているのかが気になっていたのか、たまに帰ってきていました。しかし、帰ってくるというのはとても珍しいことだったのです。

次第に、帰ってくる頻度も少なくなっていき、極たまにしか顔を見ない母親となっていったのです。この母親は、長男には「仕事で出張していた。」などのように嘘をついていました。

しかし、長男はその嘘を見破れる年齢になっていたのです。母親に男ができていたことは、勘付いていたというのです。長男にとっては、心がズタズタになる思いがしたことでしょう。

長男の友達が居つくようになった家

母親や父親がいなくなった家は、子供たちだけしかいません。その家に、長男の友達が居つくようになります。長男の友達の中には不良少年もいました。この頃、子供だけで住んでいた家の下にはコンビニがありました。

コンビニをよく利用していた長男はここで2人の少年に出会います。1人は不良少年で学校に行っていない子で、もう1人は不良まではありませんが攻撃性の高い子供で学校で周りの友達とうまくいっていなかった子です。

この2人が、子供だけで住んでいる家に住み着くようになってしまいました。長男もまだ子供です。自分の周りの環境に流されてしまう年齢なのです。

長男の妹達に対する気持ちの変化

長男は、母親が出て行った後もずっと妹たちのお世話を懸命にこなしていきました。しっかりと母親から与えられたお金で妹たちにご飯を食べさせたりしていたのです。

しかし、母親から送られてくるお金が少なくなるにつれて生活が苦しくなってきます。妹のおむつが買えない、食べ物が買えないという状態が続き、次第に妹たちの面倒を見るのが嫌になるのです。

そして、妹たちの面倒を見るよりも友達といるほうが楽しくなって、妹たちへの気持ちが冷たいものへと変わっていってしまったのです。

起きてしまった悲惨な事件

長男が妹たちの面倒を見るのが嫌になってしまった頃、家に置いていたカップラーメンがなくなっていることが発覚しました。そのカップラーメンは長男の友達が買ったものでした。実はそのラーメンは、お腹をすかせた三女が食べていたのです。

三女の口の周りには、カップラーメンを食べた形跡が残されていました。それを見た長男の友達は大変腹を立てて三女に対して暴行を加えたのです。それを見ていた別の友達と長男も一緒になって三女のことを痛めつけたのです。

このとき三女はまだ2歳程度の幼い子供でした。お腹をすかせたときに食べ物があるのを発見したら食べてしまうのも無理がありません。それが誰のものなのかなんて考えられるはずがないのです。

殴られ続けた三女は、お漏らしをしてしまいます。よほど怖かったのではないでしょうか。そのお漏らしにイラっとしたのか、再び長男の友達が暴行に及びます。次は、長男ともう一人の友達は暴行に加わらずに別の部屋でテレビを見ていました。

暴行をしていた友達は、三女を押入れから落としたり、落としながら蹴飛ばしたりなどの行為を何度も何度も繰り返したのです。そして、三女はぐったりしてしまいます。そこで静かになっていることに気づいた長男が様子を見に行くと三女は動かなくなったのです。

三女に人工呼吸などを施しましたが体が冷たくなって死んだことが確認されました。それが分かった長男は、4日後に三女を雑木林に埋めに行ったのです。

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巣鴨子供置き去り事件の母親とは

巣鴨子供置き去り事件の母親は、一体何者だ?と憤りを感じる人が多いでしょう。母親がしっかりしていれば、こんな事件は起きなかったのです。

母親がしっかりしていなかったことで、三女は命を落としてしまいました。本来なら、三女は今頃30代の楽しい人生を過ごしているはずなのに、その時間を痛々しい状況で奪われたのです。

その場にいなかったにしろ、殺害に手を加えていないにしろ、母親の罪はとても重いでしょう。その母親について紹介します。

川崎の私立高校を卒業

巣鴨子供置き去り事件の母親は、川崎の私立高校を卒業しています。その後は、服飾関係の学校を出ているのですが、服飾関係の仕事につくのが夢ではありませんでした。

母親は、母親になる前は、普通に高校や専門学校を卒業している女性という特別なにかある人ではなかったでしょう。

歌手を目指しレコードも出す

実は巣鴨子供置き去り事件の母親は、歌手を目指していました。なんとレコードも出したことがあるのです。しかし、そのレコードは売れたものではないので、知らない人のほうが多いでしょう。

ただ、レコードを出して自分の夢を叶えようと行動していたということは、行動力はとてもある母親だったのではないでしょうか。

だからこそ、その行動力で子供を置いて男性のもとに行くこともできたという可能性もあるはずです。

デパートの派遣店員として働く

結局、母親はレコードを出しても売れないので歌手になるという夢は叶いません。その後は、デパートの派遣店員として働くようになっていました。

そして、このデパートで、ある男性に出会います。その男性と結婚したいと思っていた母親ですが、自分の両親から大変な反対にあってしまうのです。

しかし、この男性との間にも子供を出産しています。そして、この子供は養子に出しているのです。事件の長男よりも前にまだ子供がいたということです。

何人もの男の子供を妊娠し出産

その後、この母親は何人もの子供を出産しています。しかし、出産した子供の父親はバラバラです。分かっているのが、少なくとも父親となる男性は3人いたということ、そして子供が6人は出産しているということです。

子供たちの出生届けは誰一人出されていません。そして、出産も病院ではなく、全員自宅で自分で産んでいるのです。

無責任な男に夢中になってしまう女

この母親は、無責任な男に毎回夢中になる傾向があるというのが分かります。おそらく、母親も無責任のため、無責任な男性を呼び寄せているのではないでしょうか。そして、この母親は、男性からの愛情に飢えていたところもあるでしょう。

長男の父親となる男性から、婚姻届を出してもらえていなかったことや、出生届けを出していなかったことなどが引き金となって、寂しさが出ていたと考えることもできますが、やはり無責任さがあらわになりすぎています。

ダメな男性ばかりに夢中になり、子供を生んでは育てないという現実を生み出してしまったのです。

巣鴨子供置き去り事件の発覚の経緯と逮捕

巣鴨子供置き去り事件の発覚の経緯と逮捕について見ていきましょう。そもそも、巣鴨子供置き去り事件は、なぜ発覚したのでしょうか。

このまま静かに暮らしていれば分からなかったのではないかと思う人もいるでしょう。実際、母親や長男も、人にバレてしまうというのを考えていなかった可能性もあります。

どうやって発覚し、逮捕に繋がったのかチェックしましょう。

大家から警察への連絡

巣鴨子供置き去り事件の発覚は、長男たちが住んでいた住居の大家からの通報によって分かったものです。大家は、「子供たちだけで住んでいる。」ということと、「不良が出入りして困っている。」ということを警察に相談しています。

この連絡から警察が動き、発覚した事件が巣鴨子供置き去り事件なのです。

衰弱した子供たちと次男の遺体を発見

警察が大家からの連絡を受けて出頭したところ、家には、衰弱した子供たちがいました。14歳の長男、7歳の長女、3歳の次女が発見され、お金がなく食べ物が買えないせいか栄養失調になっている状態で見つけられているのです。

この3人は、保護されることになります。その後、警察が家宅捜査をすることで押入れに隠されていた次男の遺体を発見します。実は、次男は病死しているのですが、出生届けを出していなかったために死亡したことを言えずに母親が押し入れに隠していたのです。

次男の遺体の異臭は、消臭剤を使って消していたようですが、この部屋は悪臭が放っていたとされています。

ニュースを見て母親が出頭

このニュースは、何度もテレビで報道されたのですが、全員子供だったために実名が公表されていません。そのため、母親はしばらくの間、自分の子供のことがニュースであっているというのに気づいていなかったのです。

しかし、母親はニュースで自分の子供がいる家の近くが報道され続けるうちに、「自分の子供のことかもしれない…。」という気持ちになり、警察に出頭したのです。そして、自分の子供が保護されたことを知ります。

しかし、このとき三女が亡くなっていることを知らなかった母親は、子供が一人足りないということも証言しているのです。

長男の証言により埋められた三女を発見

子供が1人足りないということが分かった警察は、長男に話を聞くと、長男が三女は死んで埋めたということを証言しています。その証言のとおりに探したところ、三女の遺体が発見されたのです。

長女と次女に関しては、栄養が足りずにやせ細っていて、あまりにも衰弱しきっていたことが分かっています。

巣鴨子供置き去り事件の判決・処分

巣鴨子供置き去り事件の判決や処分を紹介します。これは、とても重い判決になることが想像できますが、実際のところはどうなのでしょうか。

母親への判決

まず、母親に対する判決ですが、懲役3年、執行猶予4年になりました。罪名は保護責任者遺棄致死罪です。有罪判決になってはいますが、執行猶予がついているため、実際に刑務所に入って罪を償ったというわけではありません。

なぜこんなに甘い判決になったのか?というと、裁判所からの「母親の責任は重いが同棲相手と結婚してやり直すということに考慮して、今回限りの自力更生の機会を与える」という判決があったからです。

長男の処分

次に、長男に対する処分です。長男も被害者では?と言う人もいますが、被害者の一面を持ちながらも加害者の一面も持ってしまったのが長男です。そのため、長男も処分されました。

長男の処分は、傷害致死ならびに死体遺棄で東京家庭裁判所に送検され、その後は養護施設に送られています。

長男の友達の処分

長男の友達に与えられた処分ですが、年齢がまだ若く、刑事責任を与えることはできないとの判断が下りました。

しかし、警察で保護されて教護院というところに送られています。その後のことは何も公表されていません。

母親を心配する長男

長男は、保護されたあとずっと「お母さんはどうなるのか?」ということを周りに聞いていたといわれています。母親からひどい扱いをされたにも関わらず、母親のことを心配していたのです。

この事件は、母親の身勝手が大きく関わっており、その点においては大きな被害を受けている長男です。それでも、母親に対する恨みのようなものは一切なかったのではないでしょうか。

ちなみに、妹たちの面倒ももともとはとても良く見る、とても優しいいい兄だったのです。

巣鴨子供置き去り事件が社会に与えた影響

巣鴨置き去り事件というのは、当時非常に注目されたショッキングな事件でした。巣鴨置き去り事件が社会に与えた影響というものは、すさまじいものがあったのです。

一体どんな影響を与えたのかチェックしましょう。

育児放棄をする親への憤り

巣鴨子供置き去り事件が与えた社会への影響ですが、育児放棄をする親に対しての憤りというのが1番強かったのではないでしょうか。

育児放棄をしたことが全ての原因であり、育児をせずに自分の恋愛に夢中になっている母親のことを理解できないと感じている世間の目というのは非常に厳しいものでした。

母親の実名などは知られていませんが、事件が発覚した、その後の世の中の目線というのは、母親にとっては辛いものだったはずです。しかし、この事件が育児放棄ということをしてしまう親がいるというのをさらに世間に知らしめたものになったのです。

2004年に映画化もされた

実は、巣鴨子供置き去り事件を題材にした映画というのが放映されています。2004年にあった「誰も知らない」という映画です。この映画は、育児放棄をする母親のこと、育児放棄された子供のことがしっかりと描かれています。

育児放棄というのは、近年も問題になっていることです。その問題を重いものとして受け止めるように作られた映画にも感じるでしょう。

巣鴨子供置き去り事件の母親の実名と現在

巣鴨子供置き去り事件については、やはり母親に目がどうしてもいくものです。もう少し母親について紹介します。

この事件のその後の母親はどう暮らしていたのか、現在はどうなっているのかについて見ていきましょう。

実名は公表されていない

実は、巣鴨子供置き去り事件で母親の実名は公表されませんでした。母親は未成年ではないので、公表されているのでは?と考える人もいますが、公表なしになっています。

長女と次女を引き取る

その後、母親は長女と次女を引き取って暮らしています。母親は、事件があった後に同棲していた恋人と結婚して、長女と次女を育てたと言われています。

現在、母親がどうなっているのか、長女や次女がどうなっているのかというのは分かっていません。しかし、事件当時7歳や3歳だった長女や次女も現在は30代になっているのです。

巣鴨子供置き去り事件の長男のその後

巣鴨子供置き去り事件の長男のその後にも迫ってみましょう。長男はその後どうなったのでしょうか。長男にも悪いところがあった事件ではありましたが、長男のことを心配する声も多く上がっているのです。

消息不明

長男は、その後、養護施設から学校に通っていたという事実が分かっています。しかし、それから先のことは消息不明として分かっていないことが多いのです。

そのため、その後の長男の行方というのは掴めないものになっています。長男がその後、幸せになっているのかどうかということさえも分かりません。

温かい家庭を築いていることを願う

現在の長男がどうなっているのか分かりませんが、多くの人が長男が現在温かい家庭を築いていれば…という気持ちになっています。

長男も確かに加害者ではありました。しかし、まだ長男自身も子供であり親の愛情を求めていた年齢で起きた事件です。本当は親に頼りたかったことでしょう。母親や父親の身勝手で、現在も長男が苦しんでいるとしたらいたたまれないものです。

現在、長男がどこかで暖かい気持ちを持てるようになっていること、長女や次女の現在が明るいものになっていることを願わずにはいられないでしょう。

巣鴨子供置き去り事件は大人の身勝手で起きた

巣鴨子供置き去り事件というのは、本当に大人の身勝手が起こした事件になっています。身勝手がなければ、不良たちが家に入ることもなく、三女が殺されることはなかったはずです。

この事件は、今現在の育児のあり方にも繋がってくるところがあるでしょう。現在の子供が幸せに暮らせるように、ネグレクトがなくなることを訴えてもいる事件なのです。

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