小林薫死刑囚の生い立ち!奈良小1女児殺人事件の概要や被害者の現在

奈良小1女児殺人事件をご存知ですか。奈良県で起きた小1女児が誘拐、殺害された誘拐殺人事件です。この奈良小1女児殺人事件の犯人である小林薫死刑囚の生い立ちや奈良小1女児殺人事件の概要、被害者の現在についてまた、小林薫はどんな人生を送ってきたか、調べます。

小林薫死刑囚の生い立ち!奈良小1女児殺人事件の概要や被害者の現在のイメージ

目次

  1. 1奈良小1女児殺人事件とは?
  2. 2奈良小1女児殺人事件・加害者の小林薫について
  3. 3小林薫の生い立ち
  4. 4奈良小1女児殺人事件・事件の概要
  5. 5奈良小1女児殺人事件裁判の様子
  6. 6奈良小1女児殺人事件・被害女児について
  7. 7アメリカの法律ミーガン法について
  8. 8奈良小1女児殺人事件から現在
  9. 9事件を風化させない取り組みや家族での安全対策が重要

奈良小1女児殺人事件とは?

奈良小1女児殺人事件は2004年11月17日に奈良県奈良市で帰宅途中の小学校1年生の女子児童が誘拐され、その後、殺害、遺棄された誘拐殺人事件です。現在でも遺族は深い悲しみに包まれているそうです。

被害者が有山楓ちゃん、加害者が小林薫で現在では、小林薫は死刑判決が出ていて死刑は執行されているとのことです。なぜ、このような犯罪が起こったのでしょうか。

小林薫死刑囚はどのようにして有山楓ちゃんを誘拐、殺害したのでしょうか。また、小林薫の生い立ちなどについても詳しく調べていきます。

行きずりの犯行・加害者は小林薫(当時36歳)

11月17日夜に犯人である小林薫死刑囚が被害者である有山楓ちゃんの携帯電話から「娘はもらった」という内容の画像付きメールを母親に送ったことから事件は発覚したとされています。

小林薫死刑囚は有山楓ちゃんとは面識はなく、行きずりの犯行で小林薫死刑囚は誰でもよかったと供述していたそうです。小林薫ははじめから小1女児を狙ったのではないでしょうか。

奈良小1女児殺人事件・加害者の小林薫について

では、この奈良小1女児殺人事件の犯人、小林薫死刑囚はどのような人物だったのでしょうか。逮捕当時の小林薫死刑囚の年齢は36歳でした。仕事は毎日新聞の販売員だったようです。

しかし、小林薫は販売店を転々としていたようです。また、小1女児殺人事件発覚後も小林薫は仕事をしていたそうです。この仕事のことについてもこの後で詳しく調べていきます。

小林薫の過去と経歴

次に小林薫死刑囚の過去、経歴について詳しく調べていきます。先述の通り小林薫死刑囚は毎日新聞の販売員として働いていたそうです。事件後も小林薫は仕事を続けていたそうです。小1女児殺人事件の報道がされる中働いていたことになります。

小林薫がわいせつ事件をしたのは今回の事件が初めてではないようです。過去にも同じような事件を小林薫は起こしていたとありました。これについてはこの後で詳しく調べていきます。

このような性格になってしまったのは本人曰く、高校生の時見たアダルトアニメが原因であると語っていたそうですが、その話には根拠がなく弁護士も取り合わなかったそうです。しかし、小林薫の生い立ちには確かに問題がありました。

小林薫の仕事

小林薫死刑囚は高校卒業後に大阪市の飲食店に就職しましたが、長続きせず退職。その後小学生時代にもやっていたという新聞配達の仕事を始めたそうです。小林薫は奈良や滋賀の販売店を転々としていたようです。

中には新聞契約をねつ造するなど勤務態度も悪かったそうです。それを理由に小林薫は解雇されたりしていたそうです。また、会社から現金を盗んだこともあったそうです。新聞配達の仕事も安定せずに解雇されてはまた別の販売店で働きを繰り返していたようです。

小林薫には強制わいせつの前科があった

先述の通り小林薫死刑囚には強制わいせつの前科があったことが確認されています。小林薫死刑囚は20歳の時に5歳の女の子2人に服を脱がせてわいせつ行為をし、懲役2年、執行猶予4年を裁判にて言い渡されていたようです。

さらには、1991年10月にもやはり団地で5歳の女の子にわいせつ行為をしようとし、幼女の首を絞めたとして殺人未遂で逮捕されています。この事件では小林薫は懲役3年の実刑判決を受け、刑務所生活を送っていました。

しかし、この時小林薫死刑囚は全く反省などはしていなかったそうです。小林薫はただ仮釈放を得るためだけに真面目に過ごしていたそうです。その後に小1女児殺人事件を引き起こすことになってしまいます。

小林薫の生い立ち

ここで小林薫死刑囚の生い立ちについて詳しく調べていきたいと思います。どうしてここまで幼い女児にわいせつ行為を働くようになってしまったのか。

そして、なぜ繰り返し犯罪を犯してしまったのか、小林薫死刑囚の生い立ちから何か見ることができるかもしれません。

しかしどのような生い立ちであって誘拐、殺害など犯罪を犯してはなりません。不運な生い立ちであってもその生い立ちに立ち向かって行かなければいけません。

大阪の燃料店の長男として生まれる

小林薫死刑囚の生い立ちはこのようなものでした。大阪市住吉区の燃料店を経営する両親の長男として小林薫が生まれました。小林薫死刑囚が10歳の時に母親が難産のため亡くなっています。この時に生まれた弟にも障害が残ったようです。

このため父親や祖母はこの障害を持った弟に付きっきりとなり、小林薫死刑囚はあまり構ってもらえなかったそうです。また、そりの合わない父親からは暴力を受けていたそうで、それから守ってくれていたのが母親だったらしいです。

小林薫死刑囚の生い立ちは父親からの暴力により歪んでしまった可能性もあります。しかし、どのような生い立ちであったにしても、このような奈良小1女児殺人事件を起こしてもいいことにはなりません。

中学生のころにいじめに遭う

小林薫死刑囚は中学生時代に左目の視力が低いことなどから、不良グループからいじめを受けていたそうです。このいじめは幼稚園時代からだったとされています。小林薫死刑囚生い立ちは幼少期からいじめを受けていたようです。このような生い立ちがあったようです。

高校進学後、小林薫は2年生の時クラブの合宿で鳥取県に行った際、宿泊していた旅館近くのマンション踊り場で見かけた小学3年生くらいの女児2人にいたずらしたとされています。小林薫は小1女児にも興味があったようです。現在でも余罪があるようです。

小林薫はこの時すでに幼児に対するわいせつ行為に及んでいたようです。生い立ちそのものに原因があったのかは不明です。この生い立ちが小1女児にわいせつ行為をする事件に繋がったのでしょうか。

奈良小1女児殺人事件・事件の概要

ではここで、奈良小1女児殺人事件の概要を詳しく調べていきます。先述のとおり、奈良小1女児殺人事件は2004年11月17日の午後2時頃、奈良市学園大和町の会社員の長女で同立富雄北小の1年生有山楓ちゃんが、下校途中に車で連れ去られました。

その後犯人である小林薫死刑囚が有山楓ちゃんの持っていた携帯電話で有山楓ちゃんの母親に「娘はもらった」というメールと、有山楓ちゃんの画像を送り付けたそうです。現在でもありますが携帯にはGPSがあったそうです。

翌18日午前0時過ぎ、有山楓ちゃんは水死体となって平郡町の道路側溝で見つかりました。12月30日に女児へのわいせつ行為の前科があった、同県三郷町に住む毎日新聞販売店員、小林薫が逮捕された事件です。

有山楓ちゃんが帰宅途中に車で誘拐される

2004年11月17日午後6時45分、奈良市学園大和町の会社員の妻が「長女で同立富雄北小の1年生の有山楓ちゃんが学校から帰宅していない」と警察に通報したとありました。

その後、有山楓ちゃんの持っていた携帯電話から「娘はもらった」というメールが有山楓ちゃんの画像とともに送られてきたそうです。奈良県警はすぐに、誘拐事件として捜査を開始したようです。

携帯電話の発信場所で奈良県平郡、三郷、王寺付近とすぐに絞り込めたらしいです。また、有山楓ちゃんが連れ去られるところを目撃していた同じ小学校の児童2人は「女児が自分から車に乗り込んだ」と証言していたそうです。

このことから事件当初は顔見知りによる犯行と警察は見ていたそうです。前述の小学生児童2人の証言から車の色は黒か紺、白とされ、車種は日産のマーチではないか、とされていたようです。

ところが別の通行人の男性が現場を行ったり来たりしている不審な車を目撃していたそうです。それは、ハッチバック式で緑色のカローラ2だったと証言していたそうです。この車は現場近くに設置された監視カメラに複数回映っていたそうです。

風呂場で殺害された有山楓ちゃん

小林薫は3時20分頃、約11㎞離れた自宅に有山楓ちゃんを誘拐して連れ込み、しばらく宿題などを手伝ったのちに、風呂場でいたずらをしようとしたようです。

しかし、有山楓ちゃんに手を噛まれたため、カッとなり浴槽にはった水に3分間顔をつけて、動かなくなったのを見て、さらに全身を2分間沈めて水死させたそうです。

小林薫から被害者家族へメール「次は妹を狙う」

12月14日の午前1時過ぎに有山楓ちゃんの携帯電話から、父親の携帯電話に「今度は妹をもらう」というメール送り付けられたそうです。

この2度目の携帯電話の発信地域は、河合、上牧町付近であったとされています。

スナックで犯行を匂わせる言動の小林薫

11月下旬頃から小林薫は新聞販売店近くのスナックに頻繁に通うようになっていたといいます。いつも1人で来店してカラオケを歌っていたそうです。

12月下旬頃、店の女性従業員に「これ写真なんや、本人やで」と有山楓ちゃんの遺体とみられる写真を見せていたそうです。

この写真の入手先についてはインターネット上のものでどこからともなく送られてきたと言っていたそうです。逮捕前日も着て午前0時ころまで飲んでいたそうです。

小林薫が逮捕される

12月末頃にひとりの男が容疑者として浮上しました。そして、12月30日、三郷町の毎日新聞西大和ニュータウン販売所員、小林薫当時36歳が逮捕されました。

小林薫はもっさりした髪型、小太りで色白の「いかにも」という風な男だったとされています。その後家宅捜索がされました。

家宅捜索の結果、自宅からは大量のロリコン雑誌や、数百本にも及ぶロリコンビデオ、有山楓ちゃんの携帯電話、ランドセルやジャンパーなどが見つかったそうです。

その他にも他の女の子の服や下着、スクール水着などが発見されたそうです。これらはすべて盗んできたものとみられているそうです。

小林薫は生粋のロリコンであったことがのちの調べで明らかとなっています。

奈良小1女児殺人事件裁判の様子

小林薫は裁判にて殺人、強制わいせつ致死、脅迫など8件の罪で起訴されています。裁判でこれらの罪が認められれば死刑になるとのことでした。

これらの中には県内での別の女児への強制わいせつ、滋賀県内での子供用を含む女性用衣類の窃盗罪も含まれています。小林薫の罪は裁判で正式に決まることになります。

2005年4月に奈良地方裁判所で初公判が行われました。検察側は女児の両親の供述調書を提出しました。裁判で両親はこのように考えていたことが分かりました。

この時の母親のコメントで「どうやってあの子の側に行こうかと思った」といっていたようで、自殺も考えたとあります。

このことからも遺族の悲しみが伝わってきます。さらに、2006年2月14日、小林薫の情状鑑定書が奈良地方裁判所に提出されました。

鑑定は前年10月~12月に東京医科歯科大の山上教授らが面接などを通じて行い、犯罪などを繰り返す「反社会性人格障害」と診断されています。これが裁判で提出されました。

小林薫の犯行動機は?

裁判で小林薫の犯行動機については、他にも同じような女児への強制わいせつ罪などにも問われていることからも、特にこれといった明確なものはないとされています。

今回の奈良小1女児殺人事件で被害者となった有山楓ちゃんを狙ったのは偶然であるというほかないようです。これが裁判での結果でした。

死刑確定までの裁判の流れ

3月27日の第6回公判では、小林薫は「情状鑑定で、どう答えれば悪い印象を与えられるかを考えた。

元から死刑を望んでいるので、減刑は望んでいない。」と述べたそうです。5月25日の第8回公判では、有山楓ちゃんの両親は意見陳述でこう述べました。

「極刑になっても許せない。できることなら娘を返してほしい」この言葉から両親の深い悲しみが分かります。

6月5日、論告求刑公判では、検察側は「自己の性欲、支配欲、自己顕示欲を満たすための計画的な犯行で卑劣かつ極悪、残忍極まりない。

被害児童の両親の処罰感情も峻烈。被告人は真摯な反省や謝罪の態度も示していないうえ、厚生意欲が欠如しており、強制はもはや不可能」

と指摘し、小林薫被告に死刑を求刑したとありました。

死刑確定にガッツポーズ

6月26日、裁判所にて最後の弁護側の最終弁論で弁護側は「幼少の頃から父親から暴力を受け、また幼稚園から中学時代までいじめの標的にされてきた。

小学生時代には母親を亡くしている。こうした経験から社会を増悪する性質を持つようになった。また殺害についても計画的ではなく、女児が風呂場で、

『おっちゃんエッチ』といって、風呂から出ようとした言動に驚き、とっさに殺意が生じて、殺害に及んだ。女児の母親にメールを送ったことについても、

パニック状態に陥ったり、絶望や開き直りによるものである」などとしていたとありました。

9月26日、奈良地方裁判所で奥田哲也裁判長は「生命をもって罪を償わせるほかない」と求刑通り死刑を言い渡しました。言渡しの後、

自席に戻りながら、小林薫被告は傍聴席に視線を向け、着席するとにやりと笑って、小さくガッツポーズしたとされています。誘拐、殺人などの犯罪を犯した者とは思えなかったそうです。

そして、10月10日に小林薫被告は控訴を取り下げ、死刑が確定しました。この裁判で女児の誘拐殺人の悲しい事件にある意味の終止符を打つこととなりました。

奈良小1女児殺人事件・被害女児について

この奈良小1女児殺人事件の被害者である、小学1年生だった有山楓ちゃんと、その当時の状態について詳しく調べていきます。また、どのように誘拐、殺害されたのか、犯罪後の小林薫の様子なども調べていきます。

このような誘拐殺害犯罪で遺族には消えることのない深い悲しみが残っているそうです。

被害者女児はGPS機能付きの携帯を持っていた

また、有山楓ちゃんの持っていた携帯電話にはGPS機能がついていたそうですが、事件発覚当時には犯人である小林薫にその機能を切られていた模様で、GPSによる追跡はできなくなっていたそうです。

死因は水死

有山楓ちゃんは小林薫に車で連れ去られた後、小林薫の自宅の風呂場で溺死させられたとあります。小林薫被告は、風呂場でいたずらをしようとしたところ、有山楓ちゃんに手を噛まれ、「おっちゃんのエッチ」と言われたことにカッとなり殺害したようです。

水のはった浴槽に顔をつけて沈め、動かなくなったのを確認したうえで、さらに全身を沈めて溺死させたとのちの調べで分かっているようです。

アメリカの法律ミーガン法について

ミーガン法とは、1994年にアメリカのニュージャージー州で成立した性犯罪者情報公開法の俗称のことです。

被害者の女児の名前が由来になっているとされています。その後、ほかの州や、連邦にも類似の法律が制定されるようなり、現在ではこれらを含め、

アメリカの性犯罪者公開法を一般的にミーガン法と呼ばれているそうです。

一般的に性犯罪者と呼ばれる人々を様々なメディア、場合によってはインターネット上に公開して身元を特定することを司法権力に要求するものであるとされています。

奈良小1女児殺人事件によって注目された法律

今回の奈良小1女児殺人事件をきっかけにこのミーガン法の導入運動がされてとあります。小林薫被告には過去にも強制わいせつなどの前科がありました。

このようなことから、性犯罪者を登録、監視するアメリカのミーガン法などの前歴者への監視を強めることの必要性が議論されていったようです。

奈良小1女児殺人事件から現在

奈良小1女児殺人事件から数年経過した現在ですが、被害者遺族の悲しみ、苦しみ、心の傷は今現在でも癒えることはないようです。被害者遺族の父親のコメントが公開されていたのでここで紹介します。

また、この奈良小1女児殺人事件を受けての対応、対策についても調べていきます。

被害者遺族の現在は?

奈良小1女児殺人事件の被害者遺族の父親が事件の10年後の2014年にこのようなコメントを公開しました。遺族の悲しみ、犯罪者への憎しみは消えていないようです。

「今年で楓が被害に遭ったあの日から10年経ちました。10年は長くも感じますが変わることのない悲しみや苦しみはあの日のままです。」

10年という月日が経過してもなお被害者遺族の悲しみや苦しみは癒えることはないようです。遺族の悲しみは計り知れません。また、犯罪者への憎しみも同様です。

「あの明るい笑顔や仲の良かった姉妹、事件がなければ今はどんな毎日を送っていただろうと考えてしまいます。

家族を守れなかった後悔はこれからも消えることは決してないと思います。普通に過ごす毎日がどんなに幸せか、何気ない会話がどれだけ楽しいか

奪われた命が私たちにとってどれだけ大きく大切であったかを痛感する毎日です。楓が生きていれば今は高校2年生です。

楓の妹も時々高校生の楓と遊んだ夢を見ます。」と語っており、被害者遺族の妹も事件の苦しみ、悲しみはいまだに癒えていないようです。

さらに、その2年後の2016年にも被害者遺族の父親がコメントを公開しています。

事件から12年が経ちました。あの日の後悔、無念、悲しみの記憶は消えることなく今でも頭の中を駆け巡ってきます。

楽しかったことを思い出すにも必ず身元確認の時の表情が出てきます。そして通夜、葬儀の記憶が呼び戻されてきます。

喪失感は時間が解決してくれません。」とコメントしています。やはり、被害者遺族の悲しみは深く時間が解決してくれるものではないようです。

またその1年後、奈良小1女児殺人事件の発生から13年経過した奈良市では、同市と市教委が主催する「子ども安全の日の集い」が

奈良市役所で開かれ、参加者らが子供たちが安全に暮らせる社会の実現について考える機会が設けられたようです。

さらに、この奈良小1女児殺人事件をきっかけにこのような事件に関しての対策を考えるような会も開かれるようになりました。

こうした活動が今後の犯罪防止につながるよう祈っています。

地域に定着した見守り隊!奈良県での取り組み

奈良県では今回の奈良小1女児殺人事件を受けて、地域の安全、子供の安全を守る、見守り隊が発足しました。

また、不審者等による声かけ、付きまといを、警察が保護者らにメールで速報するシステムも普及していったそうです。

それでも風化していく奈良小1女児殺人事件

しかし、事件の記憶は次第に薄れ、風化していってしまいます。最近引っ越してきた若い住民の中には、事件のことを知らない人たちもいます。

この安全対策は続けていかなければ意味がありません。次の見守り隊を担う世代を育てていくことが非常に重要になっています。

依然と続く女児誘拐を誘発するネット上の書き込み

しかし、現在でもネット上での女児誘拐等を誘発する書き込み等が多数見られます。現在はネット社会となり、匿名での書き込みが容易となっているためこのようなことが簡単に行われてしまうのではないかと思われます。

このような事態を未然に防げるような対策が求められています。また、上記でも紹介した見守り隊のような活動も今後の事件の発生を未然に防ぐためにも非常に重要になっています。

このような書き込みは被害者遺族にも不安をもたらします。いずれまたこのような誘拐、殺人、などの犯罪が起きてしまいそうです。

相互監視で安心できるか?面識のある人間の犯行が目立つ

現在では、悲しいことに顔見知りや、面識のある人間の犯罪が増えてきているのも事実です。このような事態を防ぐためにはどのような対策が求められるのか。現在、非常に難しい問題となっています。

遺族の深い悲しみを見るとこのような犯罪への早急な対応が求められます。

事件を風化させない取り組みや家族での安全対策が重要

今回のような悲しい事件を再び引き起こさないようにするためにも、地域での安全に対する取り組みや、事件を風化させない取り組み、継続した見守りなどこれからも国レベルでの安全対策が求められます。

また、家族での安全対策も求められます。今回のGPSも一つの手ですが、そもそも知らない人についていかないことなど、子供に対してしっかりと教育していくことが重要です。小1女児くらいには特に徹底した教育が必要です。

現在でも遺族の悲しみが消えないこのような犯罪をもう二度と小1女児殺人事件のような悲しい事件が起こることのないように。

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